第88 下山遺跡と山村遺跡

下山総裁慰霊碑

先の週末はせっかくの連休、いろいろ出歩きたいのは山々だったけれど、前に書いたような事情で土曜日の午前中ラピュタ阿佐ヶ谷に「黒い潮」を観に出かけたほかは、我慢して籠居していた。
さすがにずっと籠もりきりだと息苦しくなってくる。また「黒い潮」を観、『下山事件』を読んだことで下山事件への関心が沸いてきたこともあり、下山総裁轢死現場を訪れてみようと思い立った。時すでに連休も終わろうとしている月曜午後のことである。
事件現場は常磐線東京メトロ千代田線)北千住駅綾瀬駅の間、綾瀬に向かう電車が荒川を渡り東武伊勢崎線と交差してまもなくの場所であるという。映画では遺体発見直後、雨の中傘もささず山村聰がその現場にたたずむ。調べてみると現場の近く(西綾瀬一丁目)に下村総裁の慰霊碑が建てられているという。サイクリングがてら現場に向かう。
自宅から綾瀬駅まで自転車で15分ほどか。さらに綾瀬駅から現場まで行くには、綾瀬川を渡らなければならない。綾瀬駅南口から線路沿いにまっすぐ西に向かうと綾瀬川にぶつかる。このあたりは古い木造民家が残り、また場末感があって雰囲気が重苦しい。
綾瀬川を渡ると左は小菅の東京拘置所である。最近ここには高層マンションのような拘置施設が新たに建てられ、面目を一新している。新築の建物内の収監房というのはちょっとイメージしがたい。どうなっているのだろう。昭和初年に建てられ、淡いグリーンに塗られた拘置所の監視塔*1はこのためほとんど目立たなくなってしまった。綾瀬川西岸の防潮堤下と拘置所の高い塀の間に南北に道路があって、けっこう人が歩いている。生活道路なのだろうか。淋しそうで夜通るのが怖そうだ。
実は東京に住んで9年、東京拘置所のそばまで行くのは初めてなのだった。毎日仕事の行き帰りに電車の窓から見える建物ではあるが、関わりはそれだけで、近づいたことはなかった。子供の頃住んでいた家が山形刑務所の近くで、高くてぶ厚いコンクリート塀を眺めていたらそんな記憶がよみがえってきた。
東京拘置所の場合、塀の外側北辺に堀割があり、水がたたえられている。(当然だが)堀割を挟んで道路側の水辺は木々も植えられ、木製の散策路が設けられており、散歩している人がけっこういる。ここは江戸時代「小菅御殿」として、将軍鷹狩りのさいの休息所となっていたが、堀割はその頃からあるものなのか、拘置所が設けられてからなのか。
さて肝心の慰霊碑であるが、なかなか見つけ出すことができず、線路の北側と南側をうろうろと自転車でさまよったあげく、ようやく発見した。拘置所と直交するかたちで北に向かう「五反野緑道公園」が常磐線線路をくぐる手前に慰霊碑はあった。
この緑道公園はいわゆる「親水公園」なのだろう、整備された水路に散策路がともなう。慰霊碑近くでは母子連れが水遊びに興じていた。たぶん昔は田んぼの中を流れる用水路を兼ねた小川だったに違いなく、信欣三や河野秋武らが取材のため歩き回った小川のなれの果てなのかもしれない。水路に沿って自転車を走らせながら、まわりが田んぼの風景を想像してみる。
慰霊碑に彫られた文字は、初代国鉄副総裁で、下村総裁没後二代目総裁となった加賀山之雄氏揮毫によるのだそうだ。この人物は森さんの『下村事件』でも印象的な登場の仕方をしていた。慰霊碑の前で手を合わせ、写真を撮らせてもらう。
すでに線路は高架化されているものの、東武線と交差するあたりは、東武線のほうが上を走るため若干低くなっている。この附近の高架橋を観察してみると、コンクリートの真四角な高架橋は、不自然に盛り上がった丘のような形状の部分の上に造られていることがわかる。この丘もすべてコンクリートでコーティングされているが、これがたぶんかつての線路の土手なのではあるまいか。下村総裁が亡くなり、また山村聰がたたずんだあの線路の土手である。線路が敷設されていた土手をコンクリートで覆い、その真上に高架線路を積み上げたというかっこうになる。
ちょっとした発見でいい気分になって、東武線沿いに北上、東武線が北千住を出てふたつ目の駅にあたる五反野まで足を伸ばす。事件当日、下村総裁によく似た男がこの駅前の簡易旅館で休憩した。五反野駅は電車で通ったことはあるものの、駅そのものを訪れるのは、これまた初めてのこと。東京の私鉄駅によくある、賑やかな商店街が幾筋か駅からのびており、好ましい地域である。
日が変わって、今度は懸案の「山村聰が座った場所」探索のため、昼休み大学キャンパス内を歩き医学部を目指した。三四郎池の東側にグラウンドがあり、そこから一段低く医学部付属病院の建物がどっしりと構えている。間に道路が通っている。山村聰はグランドからその道路に下りる石段の縁に南向きに腰かけていたとき、恩師東野英治郎と遭遇するのである。
石段の縁は新しいものではなかったので、たぶんそれこそが〝山村聰遺跡〟なのに違いない。まず山村聰になった気分でそこに腰を下ろし、東野英治郎の幻影を思い浮かべる。次に、こんなポイントを写真に撮る変わり者もなかろうと思いつつ、まわりに人がいないのを確認し急いで撮影する。
文学散歩や映画散歩は、誰もが知っている有名な場所を訪れるのも面白いが、気づかない人は気づかないような、自分だけしか気にしないだろうと思えるようなマイナーなスポットを探しだし、描かれた情景と一致することを独り愉しむのもまた格別だ。わかったからと言って、何のためにもならない。そこがいいのである。