長谷川利行の愛した下町

先日(“地下室の古書展”に立ち寄った翌日)仕事帰りに所用があり、職場から東京メトロ千代田線湯島駅に向かうため切通坂を下っていたら、下りきる直前左に屏風のごとくそびえ立つ高層マンション「湯島ハイタウン」の一階のあたりに、「長谷川利行」の名前を見たような気がした。
慌てて足を戻し、よく確かめてみると、一階にある画廊「羽黒洞」にて、上記の展覧会が催されていることを知ったのである。前々からそこに画廊があることは知ってはいたけれど、立ち寄ったことはついぞなかった。
その日は時間に迫られていたこともあり、会期だけ確かめてあとにしたのだが、今日の昼休みに観に行くことができた。
会場はそれほど大きくないのだが、あの特徴的な殴り書きのようなタッチと大胆に油絵の具を塗り重ねたマティエールを持つ風景画や女性をモデルにした人物画が、壁面に予想以上の点数にわたり掛けられており、思いがけない眼福を得た感じだった。
とりわけ目立つのは90.9センチ×116.7センチの大作「水泳場」だろう。何でも1932年(昭和7年)の二科展に出品されたまま行方がわからなくなっていた作品で、今年になりある家庭の壁に掛けられていたものがそれであることが判明したという「幻の作品」である(それを報じる日経新聞や『芸術新潮』の記事も一緒に並べられていた)。こういうことが今でもあるのだなあと感動をおぼえる。
描かれているのは関東大震災後に隅田公園に設けられたプールらしく、あの独特のタッチでプールにひしめく群衆が描かれている。やはりわたしは利行の場合人物画より風景画が好みであり、「水泳場」と同じ壁面に掛けられた「浦安風景」(1937年)・「田端風景」(1938年)や小品「隅田風景」が良かった。「田端風景」は利行の他の作品にも見られる白っぽい色合いで、いっぽう「浦安風景」は珍しく爽やかな青を基調としている。水路に舟が浮かんだ風景は山本周五郎青べか物語』を想起させる。
利行ファンとは言ってもここ数年のことだから、彼の作品の全体像や作品の伝来などほとんど知らないわけだが、この羽黒洞の社長木村品子さんの父木村東介氏は利行コレクターであり、戦前から350点もの利行作品を蒐集し、戦争から守り通したのだという*1。今回の作品展もこの木村さんが代表を務める「長谷川利行の会」が主催となっている。
羽黒洞のサイトはこちら(→http://www.hagurodo.jp/)。会期は明日までなので、利行ファンは急いで駆けつけるべし。

*1:東介氏は山形県米沢出身とのことで、同郷ではないか。利行作品を疎開させたのも郷里だったという。