謎解きと犯人探し

退職刑事3

都筑道夫さんの『退職刑事3』*1創元推理文庫)を読み終えた。
間隔こそ空いているものの、わたしにしては珍しく、尻切れトンボにならず読みつづけてきている。第1冊を読んだのが一昨年の7月のこと(→2004/7/9条)、第2冊が昨年11月のこと(→2005/11/30条)。昨年書いた第2冊の感想では、これをして「年一冊ペース」と題しており、はからずもそうなっていることに苦笑せざるを得なかった。
時々ふと都筑さんの文庫本が積まれている山を取り崩してみたくなることがあり、そのうちの何回かに一回の割合で「ああ、しばらくぶりに『退職刑事』を読み継ごうか。でも何冊目まで読んだっけ?」と自問自答する。捜査一課に勤める刑事である五郎の住む団地の茶の間で、お茶をすすりながら、退職して硬骨が恍惚になりかけている元刑事の老父と交わす会話に耳を傾けたくなるのであった。
第3冊に収録されている7篇は、いずれも「〜の(する)死体」というタイトルで揃えられている(初出からの改題もあり)。電話ボックスの中で人が銃で殺されたが、ボックスのガラスに弾痕がないという謎を解く「大魔術の〜」、死体が般若の面をかぶっていたという不思議な死体の謎を解く「仮面の〜」、人通りの多い商店街の真ん中で尻をまくった女が関係する事件「人形の〜」、死体が移動して発見者ごとに場所が違うという「散歩する〜」、「雨がふっていたらなあ」というダイイング・メッセージを残して男が殺された事件の謎を解く「乾いた〜」、自分しかわからない略し方でメモをすることが生き甲斐になっていた男が殺され、残されたメモから謎を解こうとする「筆まめな〜」、死体の額に郵便切手が貼ってあったという「料金不足の〜」。いずれも不可能興味だったり、へんてこりんな謎だったり、親子の会話の最初からとびきりの謎が示されるから、これで惹き込まれない人はいないだろう。
このシリーズはいわゆる「安楽椅子探偵物」である。元刑事の父が、息子が話す事件の材料のみをもとに事件を推理するものだ。材料の提示と論理的な謎解きの妙。都筑さんは論理的な推理により奇妙な謎が解きほぐされてゆく過程を書くことを心から楽しんでいるようだ。
本書のなかでは「乾いた死体」に端的にあらわれており、そこでようやく気づいたのだけれど、このシリーズは謎解きを主眼にしていても、決して犯人探しの小説ではないのである。捜査に行き詰まったり、奇妙な謎を前にした息子が、父に助けを求める。息子が事件に関する材料をひとつひとつ提示し、それを父親が受けて質問を発したりしながら、いくつもの可能性を出しては、消してゆく。
そうして絞り込んだ可能性のひとつは、事件の謎解きとしては説得力のある結果となっている。しかしあくまで机上の論理で想定された可能性にすぎないから、それだけでは犯人逮捕のための十分な証拠にはなりえない。小説でも、親子の会話で不可能興味が合理的に解きほぐされたところでおしまいになる。父の説が果たして当たっていたのか、そうでなかったのか。そんな問題は二の次なのだ。
ふつう推理小説は事件の犯人当てが究極の目的となるだろう。ところが都筑さんの『退職刑事』シリーズはそこまで踏み込まない。もとより犯人探しの過程に謎解きが存在するわけだが、犯人探しを結末に予定しておらず、あれこれと謎解きをするところに魅力を集約させている。よく考えれば安楽椅子探偵物はたいていこのタイプに属するに違いないのだが、都筑さんの小説でそんな初歩的な違いを認識することができたのだった。
さて、第4冊を読むのは来年になってしまうのだろうか。