ポケモンと赤木圭一郎

「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」(1960年、日活)
監督野口博志/原作城戸禮/脚本山崎巌/赤木圭一郎宍戸錠浅丘ルリ子西村晃/藤村有弘/菅井一郎/香月美奈子/沢本忠雄/草薙幸二郎/高品格

わが家の休日の使い方には、土日のうち一日自分の好きな用事で使わせてもらえば、残り一日は妻に譲って子供たちの面倒を見るという慣行がある。今週は土曜日に新文芸坐に行ったため日曜はのんびり家で休むのが本来的なのだが、スケジュールの都合でどうしてもこの日フィルムセンターで上映される赤木圭一郎出世作「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」を見逃せず、長男と一緒にポケモン・スタンプラリーに行くという条件で二日つづきの映画外出を許してもらった。
小学生の子供が観られないような内容の映画ならともかく、赤木圭一郎宍戸錠のガン・アクションであり、白黒でなくカラーだから、まだ子供の鑑賞にも堪えられるだろう。そんなふうに勝手な理屈をつけ、子供にはスタンプラリーでJR各駅をまわったあと、父親がいつも家で観ているアクション映画を一緒に観る(時間も85分だからポケモンの映画とそれほど変わらない)と甘い言葉で説得し、承諾を得た。
わたしが初めて父親と二人で映画を観たのは何だったろう。記憶の糸をたぐれば、「二百三高地」と「日蓮」が思い浮かぶ。いま調べてみると、前者は1980年、後者は1979年。小学六年から中学一年にかけての頃だ。「二百三高地」は舛田利雄監督であり、「日蓮」は中村登監督だったとは。
それはともかく、もっと幼い頃にも何か観たことがあるかもしれないが、記憶にない。その頃すでに「日本史好き」だったが、父親と一緒に観た映画が現在の職業に結びついたことも、ないわけではないだろう。それを考えれば、長男と二人で映画館で初めて観たのが日活アクションとは、彼の将来にどんなかたちで影響を及ぼすのかどうか、半分楽しみで半分心配な気持ちである。
総武線京葉線や山手線の駅数カ所をまわり、昼食をとって30分前にフィルムセンターに入った。フィルムセンターは大人500円だが、小学生は100円である。料金設定があるとはいえ、これまで子供の姿を見かけたことがない。当然今回も長男がもっとも低年齢であることは間違いない。大人、というより高齢者に混じって小学生が列に並んで座っている姿は尋常でないが、そんな姿を見ても、まわりの人がまったく反応してくれないのが嬉しい。
子供連れで電車に乗っていると、時々近くの人たちが微笑ましいという視線を送ってくることがある。これがわたしにはなぜか苦手だ。できるなら無関心をよそおってほしい。フィルムセンターではまさにそういう扱いを受けた。一番後ろの列に座り、中盤頃は退屈になったか多少落ち着きがなくなったけれど、私語などなく静かに観ていたから、迷惑はかけていなかったと思うが、こういう空間に子供を連れてくること自体好きでない人もいるに違いない。子供も同じ映画を観る一人の人間という感じで気にしないでくれた人たちは大人だなあと感謝したいほどである。
帰宅後長男に妻が感想を訊ねたら、ひと言「面白くなかった」。追い打ちをかけるように「もう行きたくない」と言われ、苦笑せざるをえなかった。うそつけ、赤木圭一郎宍戸錠がドンパチやっていたときには身を乗り出して観ていた癖に。しかも面白くなかったわりに、ラストの場面をちゃんと憶えており、妻に説明していた。まだ時期尚早だったか。
わたしはと言えば、めっぽう面白く、愉しめた。今まで観た赤木圭一郎主演作(「霧笛が俺を呼んでいる」「海の情事に賭けろ」)と比べれば、断然こちらに軍配をあげる。拳銃と赤木の相性のよさが言われているが、まさしくその通り、「抜き射ちの竜」とあだ名される早撃ちの名手に赤木はぴったりなのだ。
赤木の相棒である「コルトの銀」こと宍戸錠も存在感たっぷり。オーバーアクト気味の仕草に、彼が初登場したシーンでは場内の空気が一瞬緩んだ。みんな宍戸錠の過剰さを喜んでいるのだ。宍戸錠を知らない小学生が観たら、このおかしさはわかるまい。
早く足を洗いたい、決して殺しをしない拳銃使いという設定が見事。赤木の竜は必ず相手の肩を射抜き、二度と拳銃を使わせないようにする。しかし止めはささない。宍戸の銀は対照的に相手の心臓を射抜いて殺さなければ気がすまないという典型的な殺し屋。冒頭麻薬中毒で目の回りに隈をつくり、ぶるぶる震えながらも相手の肩を正確に撃つ腕前を持つ竜は、香港人のボス西村晃に救われ、仲間として誘われる。西村晃や藤村有弘のインチキ中国人ぶりがたまらなくおかしいが、このおかしさも小学生にはわからないだろうな。
末永昭二さんは『電光石火の男』*1(ごま書房)で本作品を取り上げ、城戸礼の原作、映画台本、そして実際の場面で語られた台詞を比較し、原作がいかにして映画になったのかを検証している。そこで素材になったのが、前半の山場である、赤木が西村晃に説得され仲間に入ることを承諾した場面である。
相手が少しでも銃を抜く仕草を見せると、反射的に赤木も懐に手を入れ、銃を抜いて撃つ癖がある。「もう銃はいらない」と断る赤木に対し、西村は懐から銃を取り出す。次の瞬間西村の腕時計がバラバラになって床に落ちる。赤木が西村の腕時計を狙って銃を撃ったのだ。ところが西村は平然として、持っている銃の引き金を引く。すると銃身の上から火が出て、煙草に火を付けるというオチ。
ピストル型のライターをわざと使い、赤木はそれに騙されて思わず銃を使ってしまった。観念して西村の仲間になるのである。ピストル型ライターで煙草に火を付けた西村は「日本人は妙なものつくりますねえ」とつぶやく。このあたりの駆け引きにワクワクせずにはいられない。
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