東京力第二級

東京検定

泉麻人さんの新刊『東京検定』*1(情報センター出版局)を読み終えた。いや、「読み終えた」より、「解き終えた」と書くべきか。本書は最近いろいろ創設されている「検定」(「映画検定」なるものがあることを知って驚いたものだ)のパロディで、泉麻人さんが出題・解説を執筆したお遊びの検定本である。全100問(おまけに実技検定1問)、鉛筆片手にうんうん唸りながら最後までやり遂げた。

  • 電車に乗ると、つい路線図を眺めてしまう ――うん、時々ある。
  • 自分が歩いている通りの名前が気になる ――道路の名前表示は無視できないなあ。
  • 東京が舞台の映画や小説が大好きだ ――言うまでもない。
  • 地図を何時間眺めていても飽きない ――その傾向がある。
  • 「昔、この場所には○○があって……」という情報に弱い ――弱い弱い。
  • 内心、自分は田舎者だと思っている…… ――内心どころか、正真正銘の田舎者だ。

以上六項目はカバー折り返しに書かれてあるもので、「以上の症状に一つでも当てはまる方は、このまま検定にお進みください」とある。一つどころかすべて当てはまるのだから、検定をやらないわけにはいかない。
全101問で総得点が904点。点数に応じて「東京力」のグレードが「特選大吟醸」および第一級〜第五級まで六段階に分かれている。トップグレードの特選大吟醸は904点のうち900点以上だから、非現実的だ。出題者の泉さんだって、ど忘れなどあるだろうからこの点数に到達するとはかぎらない。
わたしは第二級(400〜599点)だった。得点総計は477点で、そこから指数を出すため東京在住年数をさし引かなければならない。在住8年だから指数は469点。総配点の約半分だ。平均的な東京人は第三級(200〜399点)とされているから、それよりはひとつ上、「ちょっと偏ったマニアの領域。呑み屋でウンチクを語り過ぎて嫌われないよう注意しましょう。白がラッキーカラー」とある。東京在住8年にしては上出来だろう。満足のゆく結果である。
本書は「東京観察歴50年。マニアもうなる慧眼で、街の魅力を引き出し続ける東京ウォッチャー」(帯の惹句)泉麻人さんによるものだから、流行から歴史、町の特徴、映画や小説に描かれた東京などなど、マニアックもマニアック、東京好きにはこたえられない問題にみちているし、泉麻人さんの本を好きで読んでいるファンなら簡単に解けるような「ボーナス問題」もあって、東京好き・泉麻人ファンとしてはダブルに楽しめるのであった。
まったく歯が立たずお手上げだったのは、最近流行らしい「月の〜」と付けられた飲食店(あんなにたくさんの種類の店があったとは)の説明と名前を一致させる問33、解説を読んで道路の正式名称を答えさせる問34、「東京のナイトライフを演出した、歴史的なディスコ店」の解説を読み、一覧から店名とゆかりの深い人物を選ぶ問61、最近のはとバスツアーの呼び物「ニューハーフ&セクシーショー」の写真を見て、店名を一覧から選ぶ問68、「1980年代にベストセラーとなった小説」の一節を読んで、空欄になっている地名・品目などを答える問73など。一覧に語句が示されているのに、見事に外れている。ディスコやニューハーフの店など、「当たるわけがない」と憤然とした。
問73の場合、小説・作者名は当たった。この小説は面白いので、以前読んでからも処分せずいまも持っているのだが*2、中で語られていることについてまではすっかり忘れている。東京の東側を生活圏に定めた地方出身者にとって、おしゃれな港区渋谷区あたりの街についての問題もさっぱりわからない。
泉さんらしい観察眼が発揮されているのは、スターバックス分布に関する考察。

北欧神話の二尾の人魚・「セイレン」を描いた瀟洒な看板が見える街は、不況下の勝ち組、オシャレタウンの証し……といったイメージが定着したが、その後はスタバ側も寛容になって、近頃は想定外の場末町に人魚の看板を見掛けることもある。(…)一般的には、「フレッシュネスバーガー」が出現すると、数か月後、周辺にスタバが発生する……ことが多い。街角にフレッシュネスの新店を発見したら、要経過観察の段階といえる。(111頁)
わが町(「想定外の場末町」)にもこの3月、ついにスタバが進出してきた。
さらに泉さんでなければこういう見方はできないだろうと思わせる意表を突く指摘。堀江貴文氏が本書執筆の時点で住んでいた「葛飾区の外れ」の場所についての解説で、「部下が差入れなどに行く場合、六本木から日比谷線(東部伊勢崎線乗入れ)一本で行ける」とあったのには、「そうだよなあ」と妙に感心してしまった。こんなこと意識しているのは、実際差入れに行った「部下」(本当にそういう人がいるのだろうか)と泉さんくらいではあるまいか。
「へええ」とトリビア的知識として教えられたのが、鉄腕アトム誕生秘話(問80)。アトムを開発した天馬博士のプロフィール文(泉さんによれば『少年』誌のオリジナル版になく、光文社カッパ・コミックス版にあるという)が素晴らしい。
ひのえうまの年うまれ。群馬の人、本名午太郎。家は代々馬鈴薯さいばいをいとなむ。練馬大学を卒業後、馬力に馬力をかけうまく高田の馬場にある、科学省任官試験にダークホースとしてパスした。海馬の研究では博士の右に出る駒はない。ついに科学省長官に出馬、いまに馬脚をあらわすなどと、やじ馬に馬鹿げた下馬評をされている。(173頁)
この文章は手塚治虫さん自身の手によるものなのか、編集者によるものなのかわかっておらず、実はアトムの生誕地=高田馬場説はここから生まれているという。馬づくしの見事な駄洒落文にするために持ってこられた「馬」付きの地名にすぎない高田馬場が、いまでは駅の発車メロディに採用され、定着しつつある。もとよりアニメキャラクターゆえ、虚が実に転換しているわけだが、そこに作者が噛んでいないかもしれないという衝撃。
解いて楽しみ、解説を読んで楽しみ、極限的な東京ローカル本を堪能したのである。

*1:ISBN:4795844925

*2:感想は旧読前読後2001/4/5条。作者名・書名が出ているので、これから『東京検定』にチャレンジしようという方はご注意ください。