ゴールデンウィークにむけて

大アンケートによる日本映画ベスト150

七人の侍」フィギュアは、久蔵・五郎兵衛のモノクロ像に続けて、志村喬の勘兵衛の着色像が2体続けて当たってしまい、購買意欲が少し減退した感がある。ただこれにより「七人の侍」の映画に対する関心はいやがおうにも高まってきた。まもなくやってくるゴールデンウィークには、この映画を再見しようかと考えている。
その関心の流れで、ここ何日か、読書の合間に少しずつページを開いて拾い読みしていた文庫本がある。『大アンケートによる日本映画ベスト150』*1文春文庫ビジュアル版)だ。各界識者に対するベスト10アンケートを集計して出された日本映画ベスト150、監督・男優・女優ベスト20をまとめた本で、堂々一位が「七人の侍」なのである。ポイントは1248点で、二位の「東京物語」の791点を大きく引き離してのダントツ一位である*2
隙間読書ながら、興に乗って最後まで通して読んでしまった。そのなかでもとりわけ面白かったのは、井上ひさしさんの「たったひとりで、ベスト100選出に挑戦する!」という文章だった。
ベスト10アンケートを求められた井上さんは、回答用紙に「十本だけというのは残酷です。(中略、ここにはベスト10記入欄に書けなかった映画タイトルがずらり並ぶ)もみな落ちてしまったじゃありませんか。一〇〇本選ばせてくれたらなあ。――と思いました」と書いた(この回答用紙はそのまま写真掲載されている)。
これに対し編集部から「どうぞ百本お選びください」という返事が来て、小躍りして喜んだ井上さんは、その後選出のため四ヶ月の地獄を味わったすえ、「ベスト100に入れるべき映画が二百五十本以上もある」という事態に立ち至る。到達した結論は次のごとくだ。

つまり、この種の催しに「X本だけ選べというのは酷だ。コレも落ちるし、アレも落ちる」と不平を申し立てるのは根本的にまちがっていることに気付いたのである。十本選べば十一本目が気になる。百本選べば百一本目に申し訳けないと思う。(…)やはり大人しく十本だけ挙げて、アレも、入れたかった、これも加えるべきだったとぼやき呟いているのが、この種の催しに処する唯一の、そして正しい態度なのである。
と自分の発言を悔やみながら、100本(実際は101本)を挙げ、そのそれぞれにコメントを付す。このセレクトとコメントがべらぼうに面白いのだった。
井上さんの1位も「七人の侍」。「三十回は観た。でもあと二十回は観て死にたい」。こうした絶賛系のコメントとしては、同じ黒澤監督の3位「生きる」。「脚本の構成がすごい。破格でありながら、同時に正統的ドラマツルギー。「生きる」と同じ視点で絶賛なのが26位「切腹」。「回想形式は使いようで物凄いドラマを生むことを立証した作品」
映画で使われる言葉にも鋭く反応する。22位「にっぽん昆虫記」。「高校時代に観た『若き日のあやまち』以来、大ファンだった左幸子が、小生の生まれ故郷(山形県南部)の方言を喋っていたので感動した。彼女には二度ファンレターを出した」。31位「馬」。高峰秀子藤原釜足の盛岡弁が美しい」。33位「赤い殺意」。「ひそこそ声の仙台弁が陰湿にドラマを盛り上げて行く。西村晃の仙台弁は、とくに出色」
井上さんは左幸子だけでなく、高峰秀子の大ファンでもあったらしい。67位「銀座カンカン娘」。服部良一の狂信者だったから高峰秀子の歌う主題歌が聞きたくて、米沢市の映画館に三日間通った。二年前、ある鮨屋にいたら、そこへ高峰秀子さんが夫君と入ってこられたので、鮨を土間へ思わず落っことしてしまった。『馬』を観てから今日まで、女優の一番は、断然、この人である」
このように、映画を観た映画館と結びついた思い出も多い。56位「東海道四谷怪談」。「大学時代、四谷三丁目の消防署の北隣のオンボロ映画館のナイトショーで観て、帰りの夜道がこわかった」。62位「秋津温泉」。「「衣装=岡田茉莉子」というタイトルが出てきたとき、浅草松竹の場内は軽くどよめいた」。79位「江分利満氏の優雅な生活」。「「ひょっこりひょうたん島」のオーディション台本を脱稿した日に、日劇で観た」
映画からは流行語だけでなく、卑猥な囃し言葉も生まれる。42位「野菊の如き君なりき」。「この映画が封切られたあと、友だちの間で、「野グソの如き君なりき」という言い方がはやった。美人でない娘さんを見ると、小声でそう言うのである」。80位「現代人」。「そういえば中学生のころ、「上原謙宮城県池部良にスケベリョウ」という、意味不明の囃し文句が流行した(ただし仙台地方だけ)。女の子に人気のある男の子を、そうやって囃すのである」
そして順位をつける行ないを何度も反省する。17位「幕末太陽伝」。「十七位にしてしまったが、三位でも二位でもいい。改めて思うに、順位をつける行為はあんまり意味のないことである」。76位「白痴」。「ひょっとしたらこれが、わたしの生涯で最高の映画かもしれない。やはり順位をつけたりするのはまちがいだ」。82位「稲妻」。「ベストワンかツーにあげてもいいような作品。やはり映画に順番をつけてはいけないと、つくづく後悔している」
100位をはみ出して101位に置かれたのが「素晴らしき日曜日」。この映画の思想が井上さんの人生観となっているという。そういう意味では一位でもいいだろうが、たぶん別格という位置づけなのだろう。
この井上さんの「日本映画ベスト100」に接し、ますます「七人の侍」再見の意欲が高まった。それとともに、数年前のゴールデンウィークに井上さんの傑作『東京セブンローズ』(文春文庫)を興奮しながら読んだ甘美な記憶がよみがえってきた(→旧読前読後2002/5/3条)。『東京セブンローズ』再読というのも、ありかもしれない。

*1:ISBN:4168116093

*2:ちなみに三位以下は、3「生きる」、4「羅生門」、5「浮雲」、6「飢餓海峡」、7「二十四の瞳」、8「無法松の一生」、9「幕末太陽伝」、10「また逢う日まで」。