気分転換のために

  • 懐かし映画劇場@NHK-BS2(録画DVD)
カルメン故郷に帰る」(1951年、松竹)
監督・脚本木下恵介/音楽木下忠司・黛敏郎高峰秀子/小林トシ子/佐野周二笠智衆佐田啓二井川邦子/望月美恵子(優子)/坂本武/見明凡太郎

気がくさくさするので、それを発散するために、というのは理由としてあまり品の良いものではないけれど、そういうときには楽しい映画を観るにしくはない。ということで、積ん録ライブラリーから選んだのは、木下恵介監督の「カルメン故郷に帰る」だった。
言うまでもなく本作品は日本初の総天然色映画。そう言われるから注意して観るということもあるが、それを知らずとも、舞台となる浅間山麓の高原の緑と空に広がる青空、空に流れる白い雲、そんな色合いに感動をおぼえるのではあるまいか。
そこにやってくるのが、家出して東京でストリッパーとしての名を馳せたリリー・カルメンこと青山きん(高峰秀子)。緑と青と白のなかに、高峰秀子が着ているワンピースの赤と、高峰が連れてきたストリッパー仲間小林トシ子が着ているワンピースの黄色が映える。見事な色の取り合わせである。
映画のストーリーとしては、牛に頭を蹴られてからちょっとおつむが頼りなくなったという家出娘の高峰が、休暇の機会に故郷に凱旋帰国し、ひと騒動起こしたあげく、村人たちを集めて「裸踊り」を披露して帰ってゆくという単純なものである。
であるが、いや、だからこそ、観終えたあと、それまでの憂鬱な気分がすっかり吹き飛んでしまっているのだから、効果は絶大だったと言わなければならない。初のカラーフィルム撮影であるため、熱くてまぶしすぎるくらいの照明を使い、出演者やスタッフに目をやられる人が出てくるいっぽうで、目が悪くてサングラスをかける役柄だった佐野周二だけが平気だったという裏話があるが、映画を観るかぎりそんな苦労は全然伝わってこないからすごい(当たり前だ)。
当時高峰秀子ファンだった人々は、この映画でスリットの深いスカートから太ももをのぞかせ、ビキニスタイルで踊る姿に興奮したのだろうな。いま観ても蠱惑的な魅力をたたえ、ゾクゾクしてくるのだから。
長部日出雄さんは、『天才監督 木下惠介*1(新潮社)のなかで、この映画のなかで高峰さんが唄う主題歌「カルメン故郷に帰る」について、こう書いている。

二十一歳の黛敏郎が作曲したこの歌は、『そばの花咲く』とは打って変わって斬新でモダンな感じのメロディーで、当時すっかり外国かぶれしていた高校二年の筆者は、歌う高峰秀子の美しさと旋律の楽しさに、うっとりと陶酔して恍惚となり、古稀をむかえたいまも、ビデオでここに差しかかると、画面のなかのリリーと同じように、心のなかで体を揺すり手を振り上げてリズムを取り、声を合わせて歌っている自分に気がつく。(276頁)
井上ひさしさんも「いまなお小生の愛唱歌と書いている(文春文庫ビジュアル版『大アンケートによる日本映画ベスト150』354頁)ことからも、この主題歌のインパクトは強烈だったことがわかる。
そう思いながら映画を観ていると、驚くことにこの歌は映画のなかでは二、三度しか歌われないのである。長部さんが比較してあげている『そばの花咲く』というのは、同じく映画のなかで佐野周二が自ら作詞作曲したという触れ込みの曲で、佐野はオルガンを弾きながらこれを唄う。もの悲しいような、いかにも和風の旋律が「カルメン故郷に帰る」のモダンなメロディと際だって対照的である。
一日経ってこの二つの曲を思い出そうとすると、なぜかわたしの頭には、オルガンを弾きながら唄う佐野周二の姿とともに、「そばの花咲く」のメロディのほうを先に思い出す。ハイカラな「カルメン故郷に帰る」的楽曲に聞き慣れてしまったわたしのような世代の人間にとって、かえって「そばの花咲く」のほうが印象的なのかもしれない。粗野な雰囲気の「破れ太鼓」のメロディしかり、である。
木下惠介 DVD-BOX 第2集