“古本ごころ”を取り戻せ

芳兵衛物語

先の週末、突然左上の奥歯がズキズキと痛み出し、それが原因と思われる微熱・頭痛に悩まされた。最初は風邪かなと思っていたのだけれど、風邪のように熱が長引かない。夜中に熱っぽくなり、朝になると平熱に戻るのである。
とはいえ、歯痛だけなら我慢のしようもあるが、頭痛発熱まで起きたとあればちょっと放っておけない。幸い同じマンションに、近所で開業している歯医者さんがいて、長男も診てもらい、評判もいいようなので、そこに行ってみることにした。数年前別の歯科医院で治療し銀歯をかぶせた歯のなかに虫歯が発生し、軽度の歯周病なので、そのままにしておけば歯槽膿漏になると(優しい口調で)脅かされた。
その後常の痛みはようやく止んだものの、週が明けると、今度は同じ左のほうの鼻がおかしくなった。鼻をかむと、少し血の混じった鼻水様の液体(サラサラ、ペタペタ)が鼻血のごとく止まらず次々出てくるのである。
慌てて今度は耳鼻科に駆け込んだ。話を聞いて口のなかを診察するなり、「歯は痛くありませんか」と言われたのには驚いた。どうやら歯から入ったばい菌が化膿し、副鼻腔にその膿が流れて鼻水と化し、体外に出てくるらしい。抗生物質や炎症止めの薬を出してもらった。歯というものはやはり大事なのだな。このばい菌が鼻だけでなく脳や全身にまわりやしないかと、いつものように思考が悪い方向に動いてゆく。
まったく年末年始になってこんな病気に悩まされるなんて、運が悪い。しかも今年の年末年始は帰省先の実家にまで持ち込んで、休み返上でやらねばならない仕事がある。はたして無事に新年を迎えることができるのかしらんと不安になった。
ところで今日は仕事納め。今年最後の出勤とあって、古本屋にでも行ってみるかと(このあたりの心理は、あるいは理解してくれる人が少ないかもしれない)、昼休みときおり訪れる本郷三丁目の大学堂書店を、帰りに根津のオヨヨ書林をのぞいてみた。大学堂書店は先日訪れて間がないので期待していなかったのだけれど、こういうときに限っていい掘り出し物にめぐりあうものである。尾崎一雄『芳兵衛物語』(旺文社文庫)という嬉しい成果があった。
ウキウキとした気分で職場に戻る道すがら、午前中までの重苦しい気分がすっかり消えてしまっていることに気づいた。結局上に書いたような病気の悩みの大きな部分は、気持ちの問題に過ぎないのである。わたしの体調不良はすべてそこに由来する。
古本とのいい出会いは、歯の痛み鼻の悩み、ばい菌幻想を吹き飛ばしてくれる、とてもすぐれた精神安定剤なのだ。最近“古本ごころ”を忘れかけていたのだけれども、やはり古本はわが暮らしに必要欠くべからざるもののようである。