朝刊に誘われて

午前中の「乳母車」と、15時過ぎからの「三等重役」の間の空き時間、また歩いて隣町の荻窪にでも行き、ささま書店でものぞこうかと思っていたところ、たまたま朝刊でこの「小野忠重傑作版画展」が開催中であることを知った。小野忠重版画館はラピュタと同じ阿佐ヶ谷北二丁目なのだ。今日はささま(=古本)より、小野忠重を選ぼう。
小野忠重という版画家については、池内紀さんの『二列目の人生 隠れた異才たち』*1晶文社)で知ったのだったと思う。池内さんはこの版画館について、「わが国に数ある美術館のなかで、もっとも小さく、もっとも道筋のいいにくい一つである、とともにもっとも充実した、そしてもっとも心のやすらぐところでもある」(174頁)と賞賛の言葉を贈る。
たしかに場所は説明しにくい。ラピュタを出て北に行くと「仲通り」という商店が点在するいくぶん人通りのある通りに出る。通りと言っても車一台分の幅しかない。そこを荻窪方面にしばらく歩くと変形の小さな十字路があり、そこを右斜めに折れると、すぐ版画館の建物が目に入る。
たしかに版画館は、「小野忠重版画館」という多少大きめの表札が下がった普通の家というたたずまいだった。中に入ると、女性(あとで知ったが、忠重の息子さんの奥様らしい)が出迎えてくれる。
版画が展示されている部屋は二つ。奥の狭いほうに掲げられていた「工場街」という作品に目を凝らすと、紙に文字が見える。どうやら新聞紙に刷られているらしい。面白いなあと思っていたら、後ろから声を掛けられた。どうやらわたしが新聞紙に刷られていることにひっかかっているところが気になったらしい。口ぶりからすると、あまりそのことに注意する人はいない模様だ。
それをきっかけに、お茶とお菓子を振る舞われながら、いろいろと忠重の作品、版画の技法などについて、レクチャーを受ける。広いほうの部屋に展示されていた「木場」の紙のごわごわした質感も気になったので質問したら、あれは一度別の作品を刷って失敗した紙の色を落とすためぎゅっと丸めて水分を絞った上にもう一度刷ったのだという。たくさんの材木が水に浮かぶ情景とあの質感がマッチしていていいなあと思ったのだ。
奥様によれば、忠重はあまり紙にこだわらない人だったという。池内さんの本にも、忠重が「捨てない人」「捨てさせない人」だったとある。紙も粗末にしないで、リサイクルして使うことで、思わぬ効果を生み出す。「こだわらない」のか、逆にこだわっていた人なのか。
暗色(黒と言ってよいのか)の紙に明るい色で刷るのが忠重の版画の特徴だったようで、その黒の線(もともと版木に直接描かれ、忠重が彫った陰刻の線でもある)がダイナミックな印象を残す風景画や人物画にしばし立ち止まる。
帰り際、自分が『二列目の人生 隠れた異才たち』を読んで、かねがね訪れてみたいと思っていたことを述べると、ひとしきり池内さんの話で花が咲いた。奥様と池内さんは顔なじみとおぼしく、気持ちのよい池内さんのエピソードを教えていただく。知らない人とあまり交わらぬ自分にしては珍しい体験で、それがかえって気分良かった。