それぞれの50年代

「乳母車」(1956年、日活)
監督田坂具隆/原作石坂洋次郎宇野重吉/山根寿子/芦川いづみ石原裕次郎新珠三千代

関川さんの『昭和が明るかった頃』によれば、この作品は石原裕次郎が鮮烈デビューを果たし、映画界に革新をもたらした「太陽の季節」「狂った果実」に引きつづき、それらと同じ年に制作されている。
わたしは上記二作品をはじめ、いわゆる「太陽族」路線、アクション路線の裕次郎映画をほとんど観たことがない。「憎いあンちくしょう」がそれに入るのなら、唯一と言ってよい。
そういう人間がこの映画での石原裕次郎を観ると、他に思いあたる俳優がいないほどすこぶる爽やかな好青年というイメージで、この路線でいってもそこそこ売れたのではないかと思ってしまう。しかし高度経済成長前半期の日本において、日活は石原にそうした物語を求めなかったと言うべきだろうか。
石原がデビューする以前、日活は文芸路線の映画を多く制作していた。そこに石原という個性が登場した直後、日活はどのような姿勢をとったのか。関川さんは次のように書いている。

このように、石原裕次郎には性的な要素はむしろ稀薄で、いくら不良じみた役柄を演じようと、どこかにかすかなひ弱さを隠した都会的な育ちのよさを感じさせる個性だったから、日活は『乳母車』(五六年)、『陽のあたる坂道』(五八年)、『若い川の流れ』(五九年)とつづく、石坂洋次郎原作、田坂具隆監督の戦後民主主義ホームドラマ路線を用意したのであり、田坂具隆裕次郎の「思い入れのない演技」を愛したのである。(文庫版『昭和が明るかった頃』98頁)
この映画でも、芦川いづみの「出来心」に激怒した石原が、デパート(高島屋)の屋上に芦川を呼び出し、強い調子で詰問するシーンがあるが、あまり迫力を感じない。「ひ弱さ」という言葉に納得する。
そうそう、この映画は「芦川いづみ特集」で上映されたのだった。鎌倉に住む会社重役令嬢の芦川。ある日父(宇野重吉)に愛人(新珠三千代)があることを知ってショックを受け、翌日さっそく奥沢(最寄駅は九品仏)に住んでいるという愛人宅を訪れる。すると出てきたのは彼女の弟という石原で、彼女は父との間に女の子をもうけていた。自分の異母妹にあたる赤ん坊を見て、彼女の苦難の将来を慮り、父を糾弾しようとする芦川。
新珠三千代はまたしても「ひかげの女」役だ。もちろん、「あした来る人」の感想を書いたときにも触れた、川本三郎『続々々・映画の昭和雑貨店』*1の「お妾さん」項でも、この映画に触れられている。
芦川や石原から、外に愛人と子供を作る身勝手さを追及され、「大人には大人の事情もある」と弁明する会社常務に宇野重吉。映画前半一時間は、ちらりと遠目で写ったり、書斎でソファに深々と座りクラシックを聴く後ろ姿だったり、声だけの存在だったが、映画がちょうど半ばにさしかかったあたり、新珠の家で愛娘をあやすやさしい顔でようやく本格的に映画のなかに登場してくる。このあたりの演出がなかなかいい。
宇野に愛想を尽かして家を出る妻に山根寿子。彼女は生計を立てるため、銀座のバーに働きに出ようとする。あのきりっとした顔立ちの彼女にぴったりの役柄だ。
芦川はいつもながらキュートなのだが、アップにすると顔の肌荒れが気になってしまうのだった。きっと仕事に追われていたのだろうな。意外にストーリー的にも面白く、文芸路線の映画として、佳品であると言うことができる。

「三等重役」(1952年、東宝
監督春原政久/原作源氏鶏太/脚本山本嘉次郎井手俊郎/河村黎吉/森繁久彌小林桂樹沢村貞子千石規子/小川虎之助/進藤英太郎藤間紫/小野文春/越路吹雪

ようやく「三等重役」を観ることがかなった。海沿いのとある町、町のなかで誰知らぬ人はいないという有名な会社南海産業が舞台。公職追放で前社長が退任したため、社長の座についたのが河村黎吉。しかしある日新聞で前社長が追放解除となり、復帰に意欲満々であることを知ってブルーになる。朝から海水パンツで海岸を走り回り、ローストチキンを頬張るほど元気満々の前社長だったが、いざ出勤のため車に乗ろうとした直前、脳溢血で倒れてしまう。
前社長の復帰の報に緊急役員会を開いていた役員たちは、この知らせを聞いてホッと胸をなで下ろす。森繁が人事課長役で、小林桂樹が秘書室員役。のちの「社長シリーズ」の原型となったという。
後半、河村が知り合いの社長進藤英太郎と東京出張に出るあたりが面白い。河村は森繁を同行させたのだが、進藤は愛人の藤間紫を同伴する。汽車の車内でいちゃつく二人が気になってならない河村と森繁。愛人が藤間紫なのは帰宅後知った。色っぽい。
ところが東京駅で待ちかまえていたのは、進藤の妻だった。夫の行動を監視しようと飛行機で先回りしていたのだ。慌てた進藤は藤間を河村の妻と偽って紹介する。おかげで、旅館では河村と藤間が同室で眠るはめに。気になってしょうがない進藤は、夜中三度も二人の部屋を訪れ、監視を怠らなかったため、翌朝寝不足で愚痴る河村のおかしさ。
河村は東京出張所の仕事の視察が目的で上京した。事前連絡なしで突然訪れたため、出張所の社員がみんな朝遅く出勤することがばれてしまう。その出張所長が巨漢で茫洋とした雰囲気の小野文春。小野文春と言えば、松竹と大映が競作して話題となった「自由学校」で、文藝春秋社員から抜擢され大映版(吉村公三郎監督)の五百助を演じた人物ではないか。
こちらの「自由学校」はあいにく観る機会を得ていない。“日本映画データベース”を検索すると、小野文春の出演映画は「自由学校」と本作のみらしい。その意味でも貴重な映画なのだ。「自由学校」では素人臭さがあったようで、この映画でもたしかにそう言えなくもないのだが、けっこういい味を出している。
というのも、会社に遅刻してくるのも、社長との宴席を中座して早く帰ってしまうのも、付き合っているお好み焼き屋の女将越路吹雪の店を手伝うためなのだ。細面できつい感じの顔立ちをしている越路と、エプロンを付けて奥で野菜を刻んでいる人の良さそうな小野文春という二人の組み合わせが絶妙である。源氏鶏太の原作でも、出張所長はこんな五百助型なのだろうか。河村はそんな二人を見て、二人の結婚を仲立ちする。社員を思いやるいい社長なのである。