佐伯祐三のパリと下落合

佐伯祐三展チラシ練馬区立美術館を訪れるのは約一年ぶり。昨秋は「小熊秀雄と画家たちの青春―池袋モンパルナス―」展を観たのだった(→2004/9/23条)。今回の佐伯祐三展は同美術館の開館20周年を記念してのものでもある。
佐伯祐三という画家を決定的に気にするようになったのは、たぶん宇佐美承『池袋モンパルナス』*1集英社文庫)を読んでからだろう。同書53頁に収載されている「自画像」(大正12年)を見て、松井稼頭央ばりの精悍なマスクが妙に印象に残った。作品そのものではなく、自画像が松井稼頭央に似ていたからというきっかけなのは情けないかぎりだが、それから彼の作品を見るにつけ、彼が描いたパリの町の風景が心に沁みるようになった。
くだんの「自画像」は、他の自画像作品複数点と一緒に今回の展覧会で展示されており、実物を目にすることができた。この作品がもっとも“松井稼頭央度”が高い。ただし写真を見ると、あまり松井に似ていないことがわかった。
佐伯の描いたパリの街、佐伯の目が切りとったパリの街は独特だ。「街並」でもなく「街角」とも微妙に異なる「街」を描く。画題に「街角」と付けられた作品はあるけれど、このさい上記の拙論とは関係ない。
彼は建物の入口(扉)をアップにして描いたり、門や扉に貼られた広告に注目する。視点を広げて町の風景を描くとき、目の位置は心もち下目にあり、その視点で描かれたパリを眺めていると、いつのまにか自分がその風景に入りこんでしまったかのような錯覚を与えられる。
このような構図の切り取り方は、対象がパリだけに限らず、大正15年から昭和2年まで帰国して下落合(現新宿区中落合)のアトリエに住んだときに描かれた下落合の風景にも共通する。図録には、この頃の佐伯はスランプに陥っていたとあるが、わたしは一連の下落合風景を描いた作品も好きだ。
宇佐美さんの前掲書によれば、佐伯がアトリエを構えた下落合の土地は、近衛公の敷地跡で「近衛っ原」と呼ばれていた場所が分譲されたものという。たしか林芙美子邸の近くだったはず。「三角屋根の二階建、鎧ばりの板壁はライトブルーのペンキぬりで、屋根は緑のスレート、それよりたかい銀杏の大木がなん本か、よりそうように立っていた」(57頁)というアトリエは、現在も新宿区の佐伯公園のなかに現存しているのこと。図録にはアトリエの写真や立面図も掲載されている。いずれ訪れてみたい場所としてインプットする。
横丁のさらに奥にそびえるサクレ・クール寺院など、横丁・路地に対する注目の仕方もわたし好み。街路樹が立ち並ぶ通りを描いた絵も捨てがたいが、どちらかを選べと言われれば、路地の絵を選ぶ。
前回訪れたときも感じたが、練馬区立美術館は、広々とした空間で気持ちがいい。かなりの点数の絵を展示できる広さ。休日であることを加味しても、来場者がけっこう多い。佐伯祐三という画家の魅力なのか、練馬区周辺の人びとは絵に対する関心が高いのか。