夕刊フジ連載の秘訣

女の寸法 男の寸法

なぜわたしが夕刊フジ連載エッセイを好んで読むようになったかと言えば、好きな作家が歴代の執筆者に名前を連ねていることはもちろんなのだが、一回一回が文庫本3ページ(原稿用紙3枚程度)という短章がたくさん集まってできているというスタイルによるところが大きい。
根気がつづかない人間であるうえ、“隙間趣味”(2004/12/21条参照)的に、空いた時間を狙って途切れ途切れに読書することが多いから、一回が短くてすぐ息がつけるスタイルのエッセイ集は、わたしの性分にぴったりなのだった。
さて、ひとくちに夕刊フジ連載エッセイと言っても、執筆者によってさまざまなスタイルがある。文章と挿絵を一人でこなしてしまう滝田ゆうさんや池田満寿夫さん(「犬と女の物語」)のようなスーパーマンもいれば、アップアップしながら100回に達し、解放を喜ぶ人もいる。
スタイルを大別すれば、交友録・身辺雑記風のエッセイと、柱を設定したり縛りを自らに課したりする技巧派エッセイに二分することができる。もとよりこの二分法も便宜的なものだ。たとえば山口瞳さんの『酒呑みの自己弁護』は前者に含まれようが、「酒」という統一的なテーマに貫かれている意味では、後者の性質もあわせ持っている。
技巧を凝らしたタイプでは、タイトルすべてを四文字熟語にした井上ひさしさんの『巷談辞典』(文春文庫)や、タイトルをしりとりでつなげた中島らもさんの『しりとりエッセイ』(講談社文庫、未読)、タイトルをすべて「○○評論家」に統一した遊び心満点の永六輔『評論家ごっこ』(講談社文庫、未読)がある。
食べ物をタイトルにすえた吉行淳之介『贋食物誌』(新潮文庫)や、ギャンブル話でまとめた阿佐田哲也さんの『ぎゃんぶる百華』(角川文庫)、笑芸をテーマにした小林信彦さんの『笑学百科』(新潮文庫)あたりは交友録的でもあるから、山口瞳型と言えようか。
いまあげた阿佐田哲也小林信彦という二人につづいて連載エッセイを担当したのが、生島治郎さんだ。『女の寸法 男の寸法』*1(徳間文庫)として読むことができる。
挿絵は黒鉄ヒロシさん。黒鉄さんは、二回前の阿佐田哲也さんに続いての登板で、その後も三田誠広都の西北』(河出文庫、未読)や岡村喬生「オタマジャクシ酩笑曲」、塩田丸男『愛妻物語』(毎日新聞社、未所持)、青木雨彦古今東西 男は辛い」などを担当して、山藤章二さんに次いで登板回数が多い挿絵画家なのではないだろうか。生島さんのこの文庫版に限っては、挿絵すべてが収録されているわけではない。
本書は先の二分法でいけば、前者に属する。失礼な言い方かもしれないが、技巧の微塵もなく、ただひたすら身辺雑記、交友録を連ねたスタイルで100回通している。正直に言えば、内容的に軽さ、薄さが目につき、物足りなさを感じないわけにはいかなかった。
交友録的エッセイの利点は、作者がこんな人と親交があったのかといった意外な人間関係がわかるところだろう。生島さんの場合、かつて早川書房の編集者だったこともあり、元上司の田村隆一さんや都筑道夫さん、翻訳家としてつきあいがあった田中小実昌さん、元夫人の小泉喜美子さんのエピソードに多く紙幅が割かれている。また青木雨彦さんと大学の同級生だったという。
交友録的エッセイとして貴重なのは、巻末に人名索引が付いていること。これはまさしく『酒呑みの自己弁護』譲りでポイントが高い。登場回数が多いのは、五木寛之黒鉄ヒロシ佐野洋田村隆一野坂昭如・三好徹・結城昌治吉行淳之介といった面々。結城さんとは親友同士だったようだし、吉行さんには兄事するという感じである。その吉行さんが、連載のきつさにあえいでいた生島さんに与えたアドバイス

おまえ、百回と思うからしんどいんだよ。一回だけのことを考えるのさ。高い梯子を登っていくのと同じ要領で、下を見ても、上を見てもいけない。一段ずつをみつめながら、登っていくのさ。そうしないと、初心者は眼がまわって登れなくなってしまう。(240頁)
さすが経験者のアドバイスは的確である。こうやって“夕刊フジ連載を乗り切る秘訣”が後人に語り伝えられていくのである。