長谷川利行の文庫本カバー

竹橋紀伊國坂にある国立公文書館(内閣文庫)に調べ物の用事があった。閲覧時間ぎりぎりまで粘ったあと、疲れた体をひきずり、隣にある東京国立近代美術館に入る。金曜日は20時まで開館しているから、わたしのような立場の者にとってありがたい。
見たのはいわゆる常設展。展示替えがあったばかりで、今週からそれが始まった。たとえば岸田劉生の「道路と土手と塀(切通之写生)」や萬鐵五郎の「裸体美人」、坂本繁二郎「水より上る馬」、小出楢重「裸女と白布」、中村彝「エロシェンコ氏の像」、靉光「自画像」、松本竣介ニコライ堂と聖橋」といったお馴染みの絵との再会を喜ぶいっぽうで、野田英夫「サーカス」・国吉康雄「三世代」・清水登之「チャイナタウン」がかかっている空間に漂うエキゾチックな雰囲気に酔ったり。エキゾチックといっても、この三人は渡米画家なのだが。野田・国吉が並んでいると、二人の画風の違いが何となくわかって面白い。
そのほか、作品の前にたたずんでうっとりしたのは、柳瀬正夢門司港」、鏑木清方「鰯」、小茂田青樹「虫魚図巻」など。今回の展示を見たことで、清水登之・柳瀬正夢二人に今後注目していこうと決めた。
特集展示コーナーは、絵画が中村不折、版画が谷中安規、写真が石内都谷中安規石内都が特集されるということも、今回とくに見に行こうと思った動機のひとつ。谷中は、あのお馴染みの「自画像」のほか、「影絵芝居」連作のファンタジックな雰囲気にしびれる。
石内さんは初期の作品集『連夜の街』からの展示。この写真集は現代(といっても70年代)に残る遊廓を撮り歩いた内容で、大阪飛田新地の、一面細かなタイル貼りになっている遊廓の建物やその内部など、眺め通り過ぎる人間を立ち止まらせる力がある。ちょうどこの日は石内さんのトークイベントが開催される予定だったらしく、自分のコーナーに石内さんご本人とおぼしき女性が美術館の関係者の方に案内されていらしていた。
そうやって四階から二階まで、人がほとんどいない贅沢な空間のなか、日本近代美術の名品を見て回っているうち、疲れが吹き飛んでいるのだから不思議だ。
久しぶりにミュージアムショップに立ち寄ったら、展示されていた小茂田青樹「虫魚図巻」や長谷川利行の作品をそのまま編み込んで再現した文庫本カバーが販売されていて、いたく心を動かされた。長谷川利行作品が織られているカバーで文庫本を読むなんて、これまた何と贅沢なことだろう。欲しかったけれど、1600円ほどしたので、今度お金があるときの楽しみにとっておく。
美術館を出たあと、お濠端を歩いて九段会館へ向かう。同会館屋上ビアガーデンにて、西秋書店の西秋さん、ふじたさん(id:foujita)に、今回から“森茉莉街道をゆく - livedoor Blog(ブログ)”のちわみさんも加わっての飲み会を敢行。しかしこれはまた別の話。