マジピンクになりたい

モモレンジャー@秋葉原

鹿島茂さんの新著モモレンジャー秋葉原*1文藝春秋)は先月末ないし今月初旬に刊行され、今月4日、東京堂書店にて刊行記念サイン会が開催されている。
わたしはこれまで鹿島さんの本が出たら即買っているほどのファンだが、今度ばかりはそうもいかなかった。一割引の恩恵がある大学生協書籍部で購おうと、発売日前後からずっと新刊棚をチェックしていたけれど、なぜか入らない。タイトルがタイトルだし、カバーデザインがデザインだから、あるいはエロティシズム関係書がよく並ぶ社会学学術書の新刊棚のほうかと思えば、こちらにも見あたらない。
取次がこの書籍部では売れないと踏んで配本しないのか、理由がわからない。「あの〜、『モモレンジャー秋葉原』っていう鹿島茂さんの新刊、入ってます?」なんて口に出すのは恥ずかしいし、注文しなければならないほど特殊な流通の本でもない。注文票に書名を書くのも、ちょっと憚られる。
先週末神保町に出る予定が前々から入っていたから、モヤモヤした気分をふりはらえぬまま、その日まで辛抱強く待つことにした。とうとう書籍部には入らずじまいだった。
こんな粘着質に、入手できなかった恨み辛みを書くつもりではなかったけれど、つい恨み言を述べてしまった。ようやく東京堂で手に入れた同書は、サイン会の日付の入った署名本だから、一切を水に流してしまおう。
さて、本書もまた丸谷才一型考証随筆の流れを汲む読書エッセイである。丸谷さんの場合、悠々と論理の飛躍を楽しみ、関心の核心を韜晦する体のスタイルを持つが、鹿島型エッセイの場合、「仮説癖」「定義づけ・命名癖」「真理探究癖」をとことんまで追究し、ここに専門の19世紀フランス社会・文化史の諸現象に関する知識をぶつけることで、目から鱗が落ちるような比較文化的結論が打ち出されるところに特色がある。
書名の由来となった文章は、第1部「Gender」のなかで展開されている。ここでは主として「エロ系」のエッセイが収められているが、なかでも出色なのは「エプロンからノーパンへ」の一篇ではなかろうか。
このなかで鹿島さんは、秋葉原で流行している「メイド・カフェ」(こんな店があるなんて、わたしは知らなかった)において、女性店員が着用しているエプロンのシンボリズムとその歴史性を、対極にあるノーパン喫茶を射程に入れながら考察している。
歴史を遡れば、メイド・カフェのコンセプトは、大正から昭和初期に都会で流行した「カフエ」に類似しており、もともとこれは19世紀後半パリで流行した「ブラスリー」(ビアホール)に淵源が求められるのだそうだ。
このように、鹿島さんによる性風俗文化論はとても面白いのだが、やはりそれ以上に興味深いのは、食文化論かもしれない。本書では第5部「Animal/Food」のなかにまとめられている文章だ。
ここでは、フランスにおけるパスタは麺類に非ずという意表をつく論の「人類はみな麺類か?」や、フランス人のジャポニカ米嫌いの理由を指摘した「米は野菜か?」、フランス人に見られる吝嗇ぶりと金銭蔑視という背反する性格の同居を考察する「フランスの中華はなぜ小皿なのか?」が抱腹絶倒とも言うべき面白さだった。
あなたは、フランス人がパスタを食べるとき、ナイフとフォークを使って麺を切り刻んでからフォークですくって食べることを知ってましたか。フランス人が米を食べるとき、ジャポニカ米を嫌ってインディカ米を好む理由を知ってましたか。フランス人と会食して勘定を割り勘にするとき、均等割は絶対せず、自分が注文した分だけを税も含めてきっちり計算して払うことを知ってましたか。わたしは知らなかった。
「真理探究者」(213頁)たる鹿島さんは、フランス滞在時、あるいはフランス人との交遊のなかで出くわす些細な疑問をとことんまで掘り下げ、理由を突き止めずにはいられない。そのためにはむろん文献調査という方法がメインになるが、観察という方法も欠かせない。
パスタの謎を解くため、フランスのレストランで、斜め前に座った女性がパスタを注文したと知るや、その食べ方を細かく観察する。フランスにおける中華料理のひと皿の分量が少ない謎を解くため、赤坂の中華料理屋で見かけたフランス人男性三人組の中華料理の食べ方を観察する。これこそ鹿島スタイルの真骨頂である。
ところで、現代女性に増加中の「負け犬」を「モモレンジャー」という独自の概念で読み解いた鹿島さんであるが、いま戦隊物ではモモレンジャー紅一点ではなく、5人いれば2人が女性という組み合わせが趨勢になっている。
現在放送中の「魔法戦隊マジレンジャー」は、マジブルーマジピンク2人が女性だ。ブルーは物静かな優等生タイプ、ピンクは明るく天真爛漫な天然ボケタイプ。鹿島さんはこの二人化については、どう読み解くだろう。
先日長男の幼稚園でのお誕生日会で、4月5月生まれの園児が壇上で将来なりたい職業をスピーチさせられたが、ある女の子は「マジピンクになりたい」と言っていた。微笑ましくて、夢があって可愛いなあ。