「読んでみたら」とすすめる日まで

イソップ株式会社

井上ひさしさんの新作小説『イソップ株式会社』*1中央公論新社)を読み終えた。本書は、2004年5月から今年1月まで、読売新聞土曜日朝刊に連載されたものである。
わたしの家ではいま朝日新聞を購読している。これに対し実家では、わたしが子どもの頃から読売新聞をずっと購読している。本書が連載されていた期間だから、去年の夏休みか、この間の年末年始になるのだろう、実家で読売新聞をめくっていてこの連載を発見し、和田誠さんの挿絵も添えられたとても面白そうな内容だったので、パッと紙面を眺めるにとどめ、文章を読まず新聞を閉じた。
面白そうな内容だったので読むのをやめ新聞を閉じたというのも変な話だが、本にまとまってからじっくり読もうと決めたのである。そして今回本になったので、イソイソと購い、さっそく読んだ。
イソップ株式会社という児童書の出版社を経営する星家が主人公。社長は星光介といい、妻を7年前に亡くした。子どもが2人おり、上は中学一年生のさゆり、下が小学四年生の洋介。イソップ株式会社の有能な編集者である佐々木(弘子)さんその他、会社の社員も登場する。
物語は、さゆりと洋介の二人が、夏休みを利用して祖母のトキばあさんが住む田舎に遊びにいくところから始まる。この田舎とは、作中「芋煮」や「ずんだ餅」、「最上川舟唄」などが登場するから、やはり山形県のどこかなのだろう。
おばあさんは、田舎の過疎対策で、空き家を利用して子どもたちを受け入れたり、田舎暮らしを教えたりするための活動を行なうリーダー的存在になっている。孫の二人も、夏休みに農村生活を体験するためやってくる都会の子どもたちと一緒に遊び、学ぶ。
父親の光介は、妻の生前から習慣になっていた、かならず一日一作の童話を作るという営みを守りつづけている。自社出版物のPRのため自ら渡欧するときでも、不在中の童話を書きため、社員の佐々木さんに頼んで毎日子どもたちへ郵送してもらう。
要するにこの物語は、父から子へ毎日届けられる「お話」と、子どもたちが田舎で過す(最後のほうでは夏休みを終え東京に戻ってくる)夏休みの話という二重の構造になっているわけだ。
父からの「お話」も、単発のものがあったり、「小さな王様」の連作があったり、また父が創るのではなく、さまざまな作り手による「お話」が間に挟まったりと、バラエティに富んで飽きさせない。最後に抹香臭い教訓を入れ、子どもらを白けさせることも。全36話が進んでゆくにつれ、星一家を取り巻く環境にもいろんな変化が生じてくる。「お話」を創り出すことの喜び、本を読むことの愉しみが全編に満ちている本だった。
各話の扉には、中で語られる「お話」の一場面を描いた和田誠さんによるカラーイラストが配される。「お話」の勘どころを見事におさえた、「お話」をイメージするのに不可欠なイラストである。各話のなかには、モノクロ線画で「外側の物語」の一場面が挿入される。カラーイラストとモノクロ線画により、内と外の物語が描き分けられる。
妻が外出したため泣き叫ぶ1歳10ヶ月の次男を扱いあぐねたすえ、咄嗟に本書を開き、和田さんのイラストを見せたところ、ピタリと泣きやんだので驚いた。和田さんの絵には、子どもの心に訴えかける何かがあるのだ。
本書の帯に、こんな「作者の言葉」が記されている。

最初に読む人がお父さんかお母さんだったら、子供に「読んでみなさい」と、最初に読む人が子供だったら、お父さんお母さんに「読んでみたら」と、そう言えるような作品になったらいいなあというのが、作者の願いです。
3年後には文庫に入るかもしれないし、文庫本にも和田さんのイラストが全て収録されるに違いないだろうけれど、このまま単行本を処分せずにとっておき、子どもたちに「読んでみなさい」と本書を薦められる日が来ることを楽しみに待ちたい。