ひろいよみ断腸亭日乗(12)

天気快晴。薫風颯々たり。早起机に憑りて草稿をつくる。午後一睡また読書。日の没するを待ちて門を出づ。銀座に飯して玉の井に至る。昭和病院裏の空地に曲馬の見世物あり。路地を一めぐりして白髭橋に至り円タクに乗る。車は三輪の広き道に出で龍泉寺町を過ぎて、上野山下より昭和道路を南に走り、やがて西に折れて新常盤橋をわたり、丸の内に入る。東京の市街は東西南北到るところ同じ道を行くが如し。四辻毎に唯明きネオンサインの広告を見るのみにて、何処に到るも目じるしになるべき建築物もなし。帰宅後写真現像を試む。
東京の景観に対する厳しい批判。とはいっても、この日荷風が円タクに乗って通ったルート(主として昭和通り)は、見どころの少ない通りなのではないか。いまでは上に首都高まで走っているから、いっそう面白味がなくなっている。
帰宅後現像を試みたという写真は、何を撮影したものだろう。玉の井行きと関係あり? 興味津々。なお、この日玉の井を訪れたにしては、日付冒頭に「・」が付されていない。