夕刊フジ連載山藤挿絵本の第一作

梶山季之のあたりちらす

はじめて「夕刊フジ」から仕事(梶山季之さんのエッセイの挿絵)の依頼が来たとき、山藤章二さんは返事を渋ったという。百回連載というハードさに加え、「当時大流行作家の梶山氏とあらば、位まけということもあって」という理由だった。
このとき編集者から「〈エロトピア〉の調子でやってくれればいい」というアドバイスをもらい、気持ちが軽くなって引き受けた。なぜならこの仕事は「ようやく見つけた〝山藤さしえ〟の第一歩ともいうべき仕事だったから」だ。野坂昭如さんの『エロトピア』で確立された〝山藤さしえ〟のポイントは、「文章と関係ない絵」「作家をからかった似顔絵」「文字だくさんの絵」の三点で、それまで誰もやらなかったタブーをおかしたため、業界の評判になったのだそうだ。
以上のエピソードは、景山民夫さんと組んだ『食わせろ!!』*1講談社文庫)の最終回、書き手と描き手を交換する前代未聞の試みである「タブーイラスト」という一文のなかにある。
こうして始まったのが梶山さんの連載「あたりちらす」で、終了後梶山季之のあたりちらす―女と酒と政治について』サンケイ新聞社出版局)としてまとめられた。夕刊フジ連載山藤挿絵本の記念すべき第一作である。
もっとも本書は、現時点で最新の横澤彪『とりあえず!?』とともに文庫化されていない一冊で、1972年の刊行、当時売れたであろう反面の現在での雑本扱いもあってか、シリーズ中もっとも探しにくい本かもしれない。さいわい私はネット古書店で見つけることができた。しかもかなり状態のいい本だったので満足している。
文庫化されていないのには、いろいろな理由が考えられよう。すぐれて時事的であるのが最大の理由かもしれない。山口瞳『酒呑みの自己弁護』・吉行淳之介『贋食物誌』と異なり「文壇性」(交友録的内容)にとぼしく、筒井康隆『狂気の沙汰も金次第』・井上ひさし『巷談辞典』にくらべアイディア不足の感がある。女性、若者、税務署、政治家らに対し怒りの筆誅を加える。まさに「あたりちらす」内容なのである。
超多忙のため主な週刊誌の連載を止め、半断筆宣言をしたいっぽうでこの連載を止めなかったのは、この連載を続けることがすこぶる愉しかった、言い換えればストレス発散になっていたからにほかならない。「いま思ってみても、これだけ愉しみながら(表現が、ちょっぴり変だが)、書き続けた連載は珍しい」(「はじめに」)とふりかえられている。
本書に収録されている文章を数えてみると133篇あって、しかも「頁数の都合で、かなり割愛した部分も」あるらしい。連載は71年7月から72年1月まで半年にわたっている。100回連載であれば半年に及ぶことはないから、あるいは連載回数は100回をはるかに超えていたのか、もしくは途中休載もあり、単行本にまとめられる時点で章立てを細かく増やしたのか、定かではない。
いずれにせよ山藤さんの挿絵はたった18葉しか掲載されていない。133篇を数字どおり連載数とみなせば、挿絵掲載率13.5%という低さである。しかも掲載されたイラストを見るかぎり、〝山藤さしえ〟のセールスポイントを十分展開できているとは言えない。第二点「作家をからかった似顔絵」が皆無だからだ*2
むろん単行本になるとき、こうした絵が割愛されたことはありうる。今後の調査課題である。のちのイラストで梶山さんの似顔絵が描かれたものがあるから、似顔絵物だけあえて省かれた可能性もある。本書の挿絵担当者のクレジットが「中藤章二」と間違えられていること、夜の盛り場をバックに著者の和服姿が写りこんだカバー装幀と相まって、単行本では山藤章二というイラストレーターの存在は抑えられている*3
このように、お世辞にも単行本での待遇がいいとは言えないのであるが、管見のかぎり山藤さんご自身は梶山さんに対し恨みがましい言葉を発したりはしていない。冒頭で引用した一文にあるように、むしろ敬意を払っていた様子さえうかがえる。
たとえば『イラストエッセイ パンの耳』集英社文庫)に、

いまは亡き梶山季之さんの小説の中に山藤章子という名の女を発見した時はビックリした。(…)梶山さん、天国でもおさかんだろうなァ。
というキャプションとともに、雲の上(=天国)でコップ片手にほろ酔い加減の梶山さんの似顔絵が描かれている*4。『酒呑みの自己弁護』『巷談辞典』にも梶山さんの顔は登場していたはずで、けっして怨嗟の対象にはなっていない。
文章の内容こそ多少古びた感なきにしもあらずだが、梶山季之という稀有な作家の思想を復権させる意味でも、山藤さんの挿絵をすべて復刻収録した完全版・文庫版『あたりちらす』を出してくれる版元はないものか。角川文庫あたりはいかがだろう。

*1:ISBN:4061846019

*2:第一点目では、「それにしても刺身の喰い方のうまい噺家が少なくなっちゃったなァ」というキャプションの入った桂文楽追悼のイラストがある。

*3:裏表紙にイラストの部分部分がネガで収められてはいる。

*4:おそらくこのイラストは、渡辺淳一『午後のヴェランダ』の中の「名前 その三」の挿絵と推測される。