「水辺のモダン」のころ

水辺のモダン展図録

昨夜、とある必要があって、好きな書き手が寄稿しているため切り抜きしようと一時保存しておいた古新聞や出版社のPR誌、知人から送られてきたコピー類、展覧会図録、歌舞伎座のチラシなどが雑然とうずたかく積まれ埃まみれになりつつあったアンタッチャブルの領域の大掃除をした。2001年から2002年あたりの「資料」がざくざくと発掘され、積ん読の山を整理するときと同じように、掘り出されたモノを手にしながらしばし懐古気分にひたった。たかだか数年前のことにすぎないのだけれど。
そのなかで一番の「掘出物」と喜んだのは、「水辺のモダン」展の図録である。正確には「水辺のモダン―江東・墨田の美術―」展は、2001年6月16日から8月19日まで、木場にある東京都立現代美術館で開催された。この展覧会については、旧読前読後2001/7/21条に、「平成日和下駄(22)モダンな江東」として感想を書いている。
いまでもこの展覧会は素晴らしかったと時々思い返すことがあるのだが、このとき私は「期待以上の面白さ、満足度200%」と書き、展覧会で印象に残った作品についてこまごまと感想を記している。川瀬巴水の風景版画が好きになったのはこのときがきっかけだったことがわかる。その他木村伊兵衛桑原甲子雄土門拳の写真、木村荘八による『墨東奇譚』の挿絵、淡島寒月のスケッチ帖などもメモされている。
ただ、このときの記憶でもっとも鮮明に残っているのは、実は絵画・写真作品ではなく、錦糸町駅北側にあった精工舎工場に関する展示と、同行した犬太郎さんと一緒に、展示を見た足でそのまま訪れた精工舎工場の廃墟である。その後同工場は取り壊され、いまでは高層の複合商業・住宅地域に再開発されてしまった。だからなおさら印象深い。
展覧会から3年が経過した。この3年の間に私の関心も推移し、幅が広がった。そうした目で昨日あらためて図録をめくり返していたら、いまであれば、見たら随喜の涙をこぼしそうな作品群を当時はほとんど気にとめなかっていなかった迂闊さに愕然としてしまった。
たとえば、版画では石井柏亭織田一磨小泉癸巳男小野忠重谷中安規・ヌエット、絵画では、長谷川利行(「浅草停車場」「クレーンのある風景」)・藤牧義夫(「隅田川両岸図巻」)・関根正二日本画では鏑木清方伊東深水などに触れていない。藤牧の「隅田川両岸図巻」がこの展覧会で展示されていたことは、以前「再考 近代日本の絵画」展でこの一部が展示されていたとき(5/19条)に思い出したのだった。
とくに長谷川利行の「浅草停車場」「クレーンのある風景」を図録に「発見」したとき、深い悔恨にとらわれた。絵の良さを見るのではなく、画家から入る性向のある私としては、当時長谷川利行という画家をまったく意識していなかったため、見たことをまったく憶えていなかったからだ。
またいずれこの「水辺のモダン」展のような、都市東京のなかの局地的な地域性と芸術作品を巧みに組み合わせて場所の雰囲気を浮かび上がらせる展覧会に出会えることを心待ちにしよう。