飽きない地図眺め

地図を探偵する

私は地図を見ることは嫌いではない。こんな歯切れの悪い書き方をしたのは、大好きだと書くほどしょっちゅう見ているわけではなく、マニアと言うほど蒐集を趣味としているわけではないからだ。たまに何かのついでに地図を見ると、そのまましばし飽かずに眺めて時を忘れてしまう、そんな程度である。
思い出せば学生時代まわりに地図好きの友人がいた。地図好きというより旅好きで、そのため国土地理院の地図を集めていたのである。彼からは、国土地理院の二万五千分の一・一万分の一地図の折り方を教わった。まず縁を折っていって…としているうち、細長の形にコンパクトにまとまり、次に開くと図面部分だけ表に出るという仕組みになっている。地図好きであれば基本中の基本なのだろう。
私が携帯したり眺めたりする地図といえば、第一に、出かけるとき必ず持って歩く『どこでもアウトドア 東京山の手・下町散歩』*1昭文社)がある。ただこの地図は私の家のある地域が入っていないなど、都心中心の散歩地図であるため、その外側に行くときは別の23区地図を携帯する。
昔の東京に関する本を読みながら、その場所を探すために使うのが、明治初年の参謀本部地図である。彩色され一軒一軒の家の屋根まで微細に描かれた、鑑賞にたえる美しさ。これに最近『東京の戦前 昔恋しい散歩地図』*2草思社)も加わった。地図の上で東京の変貌を比較することは、「ここには昔こんな場所だったのか」と新鮮な驚きに満ちていて、愉しいものである。
今尾恵介さんの文庫新刊『地図を探偵する』*3新潮文庫)は、私のような地図好きの末端にいるような人間でも楽しめる、“地図歩き”の本であった。廃線跡を歩いたり、バス停を歩くといった実践的な側面と、銀座の旧町名が現在の銀座一丁目〜八丁目にどのように対応するかといった変遷一覧、神保町を例にとっての番地のナンバリング法、小字の消え方など、歴史的文献的側面のバランスがよく、しかもそこには地図の文字の美しさ、等高線・描線の書き方といった審美的側面も加わってバラエティに富んだ地図本となっている。
地図上での新旧比較と言えば、前述のように東京都心部がその変貌の激しさもあって、見ていて面白い。本書を読んでそこに加わったのは、郊外住宅地の新旧比較である。一例として多摩ニュータウンが取り上げられ、同じ区域の1929年、1969年、1993年3種が並べられている。等高線だけが目立つ山間地だった場所が、造成され、すっかり都市化している様子がわかる。ただし基本的な道路や寺社の場所はそう変わらない。それらを基準に変貌の様を見てゆくと、まったく知らない土地ながら実に面白いのだ。
小字・地名の問題については、今尾さんも本書のなかで繰り返し行政側の不見識に異を唱えておられるが、この新旧地図を見ても、旧来の小字を無視して味気ない地名(○ヶ丘など)に変えられていることに嘆息せざるを得ない。