句集ふたつ

七十句/句集白い嘘

浦和の古本市で丸谷才一さんの古稀記念句集『七十句』*1立風書房)を手に入れた。歳とおなじ数の句を選んで編むなんて洒落ている。講談社文芸文庫巻末の著書一覧などで本書の存在を知ってはいたものの、お目にかかったことはなかった。
丸谷さんには、久保田万太郎「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」の句を連想させる有名な句がある。

討 入 や い ろ は に ほ ま で 雪 の 中
この句には「五列目にて芝居を見て」という前書きがあるけれど、前書きなしでも情景が浮かんでくる。歌舞伎座一階の五列目で「仮名手本忠臣蔵」十一段目を観ている姿。席番がいろは順に名づけられているのは歌舞伎座以外ほかにないし、討入・雪ときたら忠臣蔵だろう。舞台に降らせる白い雪片が客席の五列目まで散りかかってきているのである。これを「いろはにほまで」と表現するセンスが素晴らしい。
この句をはじめ、丸谷さんは雪国鶴岡生まれゆえか、雪を詠んだ句にいい句があるように思う。
風 花 や た ふ と く 見 ゆ る 寺 の 庭
   郷愁
雪 あ か り 家 に み な ぎ る 夜 ふ け か な
雨 傘 の 青 た づ さ へ む 雪 も よ ひ
卵 打 つ 音 た け だ け し 雪 の 朝
このなかではとりわけ「雪あかり」の句が好きだ。雪あかりが「家にみなぎる夜ふけ」を際だたせるという対照の妙。雪の句に心動かされるのは、私も雪国育ちだからだろう。このほか次のような句が目にとまった。
桜 桃 の 茎 を し を り に 文 庫 本
   細道の旅に「山中や菊は手折らで湯の匂ひ」と吟じたまひし
   三百年の後その山中にて歌仙を巻くとて

翁 よ り み な 年 か さ や 菊 の 宿
し ぐ る る や だ ら だ ら 坂 の 黒 光 り
買 つ て 来 い ス パ イ 小 説 風 邪 薬
   五年前まではさへぎるものなかりしを
初 富 士 の 見 え ず な り し を 口 に せ ず
本を詠んだ句、町の姿を詠んだ句が心に残る。「スパイ小説」の句なんて見事に風邪のひきはじめの気だるいながらも看病される立場の優越感のような気分があって微笑を誘われる。「あとがき」で自らの句を「前衛にあらず月並みにあらず、誠よりは風懐を重んじ、齷齪と美を求めずして滑稽に遊ぶ志のもの」と評しているが、以上に引用した句いずれにも滑稽に遊ぶ志が満ち、読んで愉しい気分になる。またたとえば、「風懐」「滑稽」のきわどいバランスに立った次の句のおかしさ。
   神保町喫茶店所見
ば さ ば さ と 股 間 に つ か ふ 扇 か な
偶然ながら、『七十句』の装釘を担当した和田誠さんにも句集があることをこのほど帰省先近くのブックオフで知り、入手できたのも嬉しかった。『句集 白い嘘』*2(梧葉出版)である。山田稔さんの『北園町九十三番地』(編集工房ノア、→8/4条)を読んで以来、天野忠さんの詩集が気になり、ブックオフでも詩歌の棚のチェックを怠らなくなったために見つけたのだった。
「花時計」「動物記」「子供達」「旅行鞄」「楽屋口」「食味録」といったテーマ毎に編まれ、書名の「白い嘘」は英語の「ホワイト・ライ」、「他愛もない嘘」を意味する成語に由来するという。「日本語の「真つ赤な嘘」が「けしからん」と感じさせるのに対して、白い嘘の方は「まあいいか」といふ気分」(「後記」)。
和田さんの句は「滑稽」という点で丸谷さんに通じるものかと想像していたが、意外に端正で正統派という印象だ。とはいえ作者は自身の句を写生ではないとし、書名よろしく「嘘ばつかり」と韜晦する。このなかでは幼少期を追憶する句を集めた「子供達」に収められた次の三句が好きだ。
風 車 草 の 匂 ひ の 幼 年 期
蛍 籠 覗 け ば 近 し 天 の 底
ハ ン カ チ に 海 の か け ら を く る み け り
また「食味録」の二句もいい。
昭 和 色 し た 卓 袱 台 や 菜 飯 食 ふ
秋 茄 子 を デ ニ ム の 膝 で 磨 き け り
この夏は私の身辺でいろいろなことがあった。くわえて二冊つづけて句集を読んだことで、感じたことを五七五の定型にはめこもうという気持ちに久しぶりになった。
か ら か ら と 鳴 る 骨 か ろ し 汗 ぬ ぐ ふ
   『七十句』『句集白い嘘』に寄せて
句 集 ふ た つ 余 白 に 秋 の 気 配 か な