古本(屋)は良薬なれど…

銀幕の古本屋

最近、いや、二十代後半の頃からずっと、毎日身体のどこかしらの調子が悪いという悩みを抱えつづけている。とりわけ最近は首や肩の上に重石を置かれたような重苦しい痛みが消えず、そのうえ耳の下から顎の下、喉のあたりにかけて火照ったような熱さを感じて気分がすぐれない。実は私はおたふく風邪に罹っていないので、それがこわいのである。
ところが昨日日本列島を縦断した台風六号がその重石を吹き飛ばしてくれたかのように、今日は珍しく首筋に違和感がまったくない。暑くて過ごしにくいけれど、痛みがないというだけで、何となく気分が高揚する。そんなわけで、仕事帰り池袋に立ち寄った。ネットで見つけた古本を取り置きしてもらっているので、それを受け取りに行ったのだ。
池袋駅から外に出てすぐの場所にあった芳林堂書店のビルはシャッターを閉ざし、「テナント募集」の貼紙がしてあった。去年ここで堀江敏幸さんの『雪沼とその周辺』を買ったのに。一抹のさびしさを禁じ得ない。
今日目指すは西池袋五丁目の八勝堂書店。以前目録を送ってもらったことがあり、探偵小説系古書の充実に目をみはったものだった。このお店は池袋にあったのか。しかも立教大学へと向かういわゆる「二又交番」のすぐ目と鼻の先にあるではないか。迂闊にもいままでまったく気づかなかった。
それにつけても八勝堂書店は質が高い。きれいなビルにある店舗の一階は半分がCDだが、もう半分には文芸書・落語関係・映画関係・探偵小説・文庫本の質のいいものがずらりと並ぶ。二階には歴史・文学系の専門書が綺麗に整理されて並んでいる。いままで気づかなかったのがくやしい。
それでこの店にネットで注文していたのは下記の本。

以前ふじたさん(id:foujita)に本書の存在を教わってから、ときどき気にして探していた。書名にあるように、古今東西の映画に登場する古本屋をめぐるエッセイ集だ。売価2000円と高い買物なのでひるんだのだが、思い切って購入ボタンをクリックした。
店で現物を示されたとき、私が所持している別の「こつう豆本」の一冊とは違う造りであることに一瞬戸惑った。保存箱と貼函の二重の函入り。帰宅してわかったことだが、何と私が買ったのは角背上製の特装本だったのだ。特装本は限定250部で、購入したのは第21番。北村薫『ミステリ万華鏡』(集英社文庫)でおなじみ猫の版画家大野隆司さん制作の木版画が表紙に刷られた豪華な造本である。普通の並装本をイメージして、内容とあわせて2000円ならと思って買った本なのに、思わぬ特装本のプレゼントに2000円は逆にお得だったかもしれぬと、いまほくほくといい心持ちでいる。
ちなみに目次は次のとおり。

  • ニューヨークの古本屋
  • ボガート、ヘプバーンと古本屋
  • 早稲田の古本屋
  • 神保町の古本屋
  • 味のある町の古本屋たち
  • 人情家の古本屋

いま現在の気持ちほどではないにせよ、『銀幕の古本屋』を手に入れ八勝堂書店をひとまわりしたときだっていい心持ちだったのだ。池袋駅に戻る途中芸術劇場が目に入ったので、芸術劇場の建物にある古本屋「古本大學」ものぞいていこうと足を向けた。以前高見順『いやな感じ』(文春文庫)を入手した「いい感じ」の古本屋さんだ。
ところが建物に近づいても、店の前に出されていたはずの店頭本ワゴンや書棚が目に入ってこない。場所の記憶違いかしらんと怪訝に思っていたら、かつて古本大學があったはずの場所のドアに貼紙がしてある。不安を感じて近づいたら、ほっと一安心。閉店ではなく移転のお知らせだった。古本大學は「古書往来座」と店名を変えて南池袋へ移転したという。明治通りジュンク堂より少し南に進んだ場所とのこと。今日は我慢する。
池袋には西に八勝堂書店あり、また駅近くにも名前は忘れたが古本屋があったはず。東には新文芸坐近くに光芳書店あり、南には古書往来座がある。互いに結構距離はあるから、一度に回るには多少体力が必要かもしれないが、回り甲斐のあるレベルの高い古本屋が多くなってきたものである。
『銀幕の古本屋』が特装本だとわかったという嬉しさのほか、帰宅してもう一つ嬉しいことがあった。これもネットで注文していた古本が届いていたからだ。
先日山田稔さんの『残光のなかで』(講談社文芸文庫、→6/18条)を読み、年譜・著作目録に目を通して、山田さんの他の著書が気になった。ネット古書店を検索すると、講談社・福武と二度文庫に入った『スカトロジア』以外は滅多に出品されていないことを知った。そのなかでわずかに見つかった本があったので、それを注文し、今日届いたのである。

六篇の短篇が収められた短篇集で、パラパラと見てみるとめずらしく小説のほうに傾いた作品群とおぼしい。菊地信義さんの装幀。カバー、1000円。
しかも嬉しいのは、買い求めた先方のご配慮で、山田さんの「ある冬の夜のこと―坂本一亀追想」という新作エッセイが収録されている編集工房ノアのPR誌『海鳴り』16号を同封していただいたこと。好きな本を入手できたというだけでも満足なのに、こんな心遣いがあるとそれに輪をかけてハッピーな気分になる。
身体の不調も、不意打ちに襲ってくるストレスも、いい古本といい古本屋がすべて消し去ってくれる。しかしながら、ああ、嘆くべきは、お給料をいただいたばかりなのにこんなに次々と古本を買ってしまい、また来月上旬の貧困生活が目に浮かんでくること。この悪循環いかにせん。