畳の下から出てきた古新聞

昨日のツヅキです

戸板康二さんを媒介にしてネット上で知り合ったふじたさん(id:foujita)とは、戸板さんのことだけでなく、本のこと、さらにその他の趣味嗜好のことでお互い影響を与えあう得がたい書友である。どちらかといえば、私のほうが多くの影響を受けているのではあるまいか。
たとえば都筑道夫さん。最近ふじたさんの「日用帳」に都筑さんの登場する頻度が多くなっていて、それを拝読していると、どうにも自分も読みたいという気にさせられる。
かくて私も最近古書店で都筑さんの本を少しずつ買い集めている。集めるだけで満足してさっぱり読んでいなかったのだが、今回初めてその著作を読んだ。“大坂の陣的読書法”を実践する私らしく本丸(=ミステリ?)にいきなり突入せず、エッセイ集『昨日のツヅキです』*1新潮文庫)である。
本書は単行本の文庫化でなく文庫本が初めての刊行となる文庫オリジナルのエッセイ集である。1977年から79年まで丸二年間『週刊漫画アクション』に連載された100本のコラム(原題「先週のツヅキです」)がまとめられたもので、文庫で出たのが1987年。実に十年の間を置いて陽の目を見たわけだが、むろん連載終了時に単行本化の誘いが多くあったのだそうだ。
このなかから都筑さんは「関連写真やリストをたくさん入れて、補遺の記事もふやして、資料として完璧なものにしたい」という要望を受け入れてくれる版元を選び、その準備を進めていたのだけれど、かかりきりになって作業も切りがないことに気づき投げだしてしまい、そのままになっていたのだという(「あとがき」より)。
あらためて文庫本として世に出すにあたり十年前のコラムを見返した都筑さんは、この仕事をこのように表現する。

十年間、放っておいて、読みかえしてみると、大掃除のときに、畳の下から出てきた新聞を見るような、おもしろさはあった。映画のなかのひとつのせりふや、子ども中心のゲームのオリジンをもとめて、むきになって調べた私の態度も、ほほえましかった。苦労もしたけれど、楽しかった。(「あとがき」)
「資料として完璧なものにしたい」という意欲は、土台がしっかりしているからこそ可能となる。カバー裏の紹介文からそのまま引用すると、本書で触れられているテーマには、「映画、テレビ、ミステリイ、漫画はもちろん、CM、パチンコ、落語、ジョーク、怪談、ストリップ、射的、ピンボール、建築、グリコのオマケの話から、死体の消し方、コンピュータ・ゲームの歴史まで」様々で、諸事百般の雑学を深く掘り下げたたいへん楽しいエッセイ集だった。
外国映画のことはさっぱりわからないけれども、たとえば日本映画でいえば俳優伊藤雄之助が歌舞伎役者初代沢村宗之助の子供(二代目宗之助の弟)であるという話(「馬づら万歳」)には「へえ」と感嘆の声をあげたし、推理小説について書いた次の文章には共感とある種の解放感を味わったのである。
推理小説だって、遠慮することはない。論評するときには、トリックにもふれるべきでしょう。それでつまらなくなるようだったら、へたな小説なのだ。最初のおどろきも尊重するべきではあろうけれど、もう一歩すすんで、読者が技巧と演出を味わうようになったほうが、推理小説は確実によくなる。第一トリックを聞いたって、いつまでもおぼえていられるものじゃないんだから、気にすることはない。(「種明かし」)
著者の苗字と書名にひっかけた駄洒落のつもりではないが、本書のなかでは何回か続けて同じテーマを追いかけた“続き物”に面白い内容のものがある。
たとえば映画「マジック」を手始めに、W・ゴールドマンの原作に触れつつ、そこで取り上げられている腹話術師の存在に着目して腹話術および腹話術師の歴史を一望する「腹話術師」全4篇は、現在人気の腹話術師いっこく堂の芸を思い出しながら興味深く読んだ。
また「奇人伝」2篇は、題字の版下書きを生業とするいっぽうで、異色のミステリ作家として知られている朝山蜻一との交友を綴ったものだ。これを読んでいて、扶桑社文庫に入っている朝山蜻一『真夜中に唄う島』*2を読みたくなり、同じ扶桑社文庫ということで『なめくじに聞いてみろ』*3もいよいよ視界に入ってきたのだった。
本書の圧巻は13回にわたる続き物「インベーダー襲来まで」で、連載当時大流行していたインベーダーゲームに触れながら、日本におけるアーケードゲームの歴史をたどった力作。射的からコリントゲームを経てパチンコが生まれ、インベーダーに至る歴史が個人の経験に即してまとめられている。
連載後の補綴を待つまでもなく、これだけでもう資料的価値十分のすぐれた文献になっており、これら続き物に限らず、その他のエッセイについても推して知るべしなのである。

*1:ISBN:4101286051

*2:ISBN:4594032281

*3:ISBN:4594029949/奇しくもふじたさんがこの文庫版を購入されてたばかりとか。私はかつて購入しておいたが未読。偶然ながら昨日今日とたてつづけにこの作品の講談社文庫版を古本屋で見つけ、購入するかどうか迷った。