驚きの装幀史・製本史

装丁探索

「読まずにホメる」(「書評のメルマガ」連載)で取り上げるとその本を読んだ気になってしまうのが困る。もっともこれは本のせいでなく自分の問題なのだが、読んだ気になると本もつい読了本と同じ扱いになってしまう。積ん読の山に読了本も一緒に積まれていて、当然読了本はその山の下のほうにいってしまう。先日積ん読本の山を整理していたら、「読まずにホメる」で取り上げて以来そのままだった装幀家大貫伸樹さんの『装丁探索』*1平凡社)を「発掘」したので、そのまま読み始めることにした。
本書は二部構成になっている。第1部「装丁探索」と第2部「針金綴製本と洋本化」はタイトルからも推察できるように内容がまったく異なっており、別々の二冊の本が一冊の本にまとめられたという印象である。
第1部は“装幀家列伝”とでも名づけるべきもので、目次から名前を拾うと、橋口五葉・小村雪岱谷崎潤一郎・木下杢太郎・長谷川巳之吉岸田劉生武者小路実篤室生犀星芥川龍之介竹久夢二・杉浦非水・斎藤昌三・頴川政由紀・野田誠三・岡本芳雄・東郷青児花森安治佐野繁次郎谷内六郎棟方志功宇野亜喜良山藤章二司修安野光雅杉浦康平といった画家、デザイナー、装幀に高い関心を寄せていた作家の名前がずらりと並ぶ。これだけで近代日本装幀史になるのではないかと思わせる。
このなかで興味を持ったのは、花森安治が師と仰いだ佐野繁次郎。佐野の装幀作品は「どれもフランス趣味のお洒落な感覚を横溢させて」おり、「とりわけ自由闊達な作字は見事」で、「今日云うところの「ヘタウマ」の元祖と言ってもよい」と評されている。図版で紹介されている佐野装幀の本を見ると、雰囲気はたしかに花森風で、花森をもっと下手に(失礼!)した感じ。それゆえにか、存在感は抜群で脳裏に強く刻まれるデザイン・センスなのだった。
第2部は近代日本製本史の一齣を針金綴から糸綴、アジロ綴−無線綴という丁の綴じ方の変遷を中心に記述した労作である。もっとも専門用語の連続で、かならずしもすんなりと理解できる文章ではなく、多少流して読んだ部分も多かったが、いままで書物を製本史という角度から眺めたことがなかっただけに、新鮮な驚きの連続だった。
アジロ綴というのは、糸縢りでも針金綴でもない、糊で丁を固めるいわゆる「無線綴」の一種で、「折り丁の背にスリッターで切り刀を入れ」たとき、「背に出てくる切りあとが本文を重ねると、魚を捕る網代(アジロ)に似ているのでついた名前」とのことだが、こうして引用している私自身もイメージを容易に結ぶことができない。アジロ綴は大量印刷・製本の需要に応えうる方法であることもあり、いまや広く普及したため、ノーベル賞級の発明だというのだ。
最初にアジロ綴で製本された本が大月書店から出た『レーニン10巻選集』であるという情報を得、大貫さんは古本でこれを入手し解体して(!)確認した。すると話と違って糸縢りだった。考案者に問い合わせると、短期間に大量の生産をこなすため、何社かが手分けして製本したことにより、アジロ綴機械を持たない製本所で製本したものも出回っているという驚くべき回答を得る。レーニン選集が売れたというのも時代を感じさせるが、それはともかく解体しなければこんな裏話は引き出すことができなかったに違いない。
さらに大貫さんは、アジロ綴が普及した昭和40年代のベストセラーを入手し調査する(解体しなくともわかるのかどうか不明)。ベストセラーだから大量生産されたわけで、アジロ綴が採用されている可能性が高い。入手先はブックオフ。かつてのベストセラーはなかなか古本屋で見つからないのだ。ブックオフにこんな活用法があったとは。
286〜88頁にアジロ綴が採用された書物と製本所がリストアップされ、アジロ綴の普及が立証される。また同じ本でも初版は糸縢りだったが後の版ではアジロ綴に変更されたものも見つかり、その切り替わりの時期が割り出される。そんな身体を使った考証作業のくだりが本書のなかでもっともスリリングで面白かったといえば不謹慎だろうか。
糸縢りの上製本と違って無線綴の並製本は本を開きっぱなしにしておけない。参照のためキーボードのわきに置き、本を開いた状態を保つためには、文鎮などを置き閉じないように気をつけなければならない。そんな不便さを解消するため、「広開本」という仕組みの製本様式が教科書出版会社たる東京書籍印刷によって開発された。教科書出版社というのはある意味印刷分野・製本分野の両面で最先端を歩んでいるのではあるまいか。