マイナスをプラスに転じる生きかた

生きかた名人―たのしい読書術

池内紀さんの新著『生きかた名人―たのしい読書術』*1(発行:綜合社/発売:集英社)を読み終えた。いろいろな作家の作品を読むことをとおして、彼らがふつう世間一般では「負の特性」とみなされる要素をいかにプラスに転じたのかを考えてみるという、池内さんらしいひねりをきかせた作家論であった。取り上げられた作家とテーマは以下のとおり。

カバー裏には、著者自身で描いた大樹に、以上20のテーマがまるでその木に成った果実のように四つのブロックにわけて配置されている。機械的に五つごとに区分けされているわけでなく、借金〜妬みまで(5章)が第一グループ、退屈〜おかし男まで(6章)が第二、雑学〜腹話術まで(4章)が第三、子沢山以下(5章)が第四グループである。
ちょうど起承転結のごときグルーピングであって、有名どころ百間・太宰・芥川・堀辰雄吉田健一というスパイスをぴりっときかせた「第一の果実」から入り、洲之内徹長谷川四郎というマイナーどころを配して目先を変えた「第二の果実」、さらにマニア好みの植草甚一三田村鳶魚がいる「第三の果実」で深く沈潜し、根強い固定ファンがいる寺山・田中小実昌、そして究極の渋好み正岡容を配した「第四の果実」で抜けるというこの構成が絶妙だ。
池内さんは洲之内徹がお好きらしい。前著『二列目の人生 隠れた異才たち』*2晶文社)でも「宙吊りの思想」という洲之内論を書いており、読みくらべると重複が多いのには苦笑させられる。かなりの執着ぶりだ。「宙吊り」というのは本書でも『気まぐれ美術館』をして「本題をうっちゃらかして、かまわずそれていく語り方は、読者を宙吊りにする文体である」と触れられている、洲之内徹を語るうえでの池内さん的キーワードである。
正岡容がかつて水谷準を思わせるようなモダンなタイトルの短篇小説を書いていたというのは初めて知った事実でありさらなる興味をかき立てられ、また、植草甚一について触れた次の一文などは、本書を読んでもっとも印象に残ったフレーズであった。

この種の趣味的大食漢は、たいてい早かれ遅かれ知的糖尿病になるものだ。しかし、植草甚一は、そんなふうにはならなかった。頑迷にも固陋にもならず、またひからびたり、涸渇したりもしなかった。いつも永遠の青年のような好奇心をもち、軽い足どりで街を歩き、一人で、一人の存在でもって、二度とくり返されない人生を、あざやかに生きた。(124頁)
糖尿病で苦しんでおられる方には失礼だけれど、「知的糖尿病」とは何たる素晴らしいネーミングだろう。池内さんご自身もこうしたスタイルを貫かれているようにお見受けする。私もまた、糖尿病も知的糖尿病にもかからず、軽やかに生きたいものだ。