「傑作選」という便法

「夏彦の写真コラム」傑作選1

山本夏彦さんの『「夏彦の写真コラム」傑作選1 1979〜1991』*1藤原正彦編、新潮文庫)を読み終えた。この本については、荷風(の文章)を高く評価した「美しければすべてよし」に触れ、すでに14日条のなかで若干言及した。
山本さんご自身も書いていることだが、山本さんの主張は同じことの繰り返しが多い。これは言い換えれば考え方が一貫しているということである。したがって山本さんのコラムは複数の主題のバリエーションで成り立っていると言っていいだろう。その時々の社会風俗事象を切って自分の考え方を繰り出すというパターンである。
そうしたことであればやはり一つの文章は短いほうが切れ味鋭い印象を与える。この「写真コラム」は一文が文庫版で2ページから3ページに収まる短文であって、山本さんの考え方を知る上では最適の本なのかもしれない。もちろんいまの話は、山本さんの他のコラム・エッセイが冗長で面白くないと言っているわけではない。
ところで「写真コラム」を読んだのは本書が初めてである。だからなおさら上記のように感じたのかもしれない。文庫に入ったシリーズ5冊は全て買い集めていたものの、結局読み始めたのはこの「傑作選」からになってしまった。
「写真コラム」は亡くなる直前まで『週刊新潮』に23年間連載された。それらは以下のように11冊の単行本にまとめられている。

  1. 『やぶから棒』(1982年)
  2. 『美しければすべてよし』(1983年)
  3. 『不意のことば』(1984年)
  4. 『世はいかさま』(1987年)
  5. 『良心的』(1991年)
  6. 『世間知らずの高枕』(1992年)
  7. 『オーイどこ行くの』(1994年)
  8. 『その時がきた』(1996年)
  9. 『死ぬの大好き』(1998年)
  10. 『寄せては返す波の音』(2000年)
  11. 『一寸さきはヤミがいい』(2003年)

今回読んだ「傑作選1」にはこのうち前半6冊から藤原正彦さんがセレクトした100編が収録されている。5月に阿川佐和子さん編集にかかる後半5冊からのセレクションが出る予定となっている。
新潮文庫版は単行本と一対一対応ではない。1と2の前半50編あわせて150編が文庫版『やぶから棒』*2に、2の後半50編と3全編が文庫第二冊目『美しければすべてよし』*3に、4と5の前半で第三冊目『良心的』*4、5の後半と6で第四冊目『世間知らずの高枕』*5、7と8の前半で第五冊目『オーイどこ行くの』*6にそれぞれ収められた。その後文庫版刊行が途絶えたと思っていたら、この「傑作選」2冊の刊行とあいなった。
こうなるとファンとしては、8後半以降は網羅的なかたちでの文庫版刊行はないのではという危惧を抱くし、実際そういうことなのだろう。同じことの繰り返しとはいえ、また、藤原正彦さんによる精選で信頼に足るとはいえ、読んでいて「前々回書いたように」というその前々回分が同じ文庫に収められていないと、何となく座りの悪さを感じる。同じ『週刊新潮』の看板連載であった山口瞳さんの『男性自身』と同じく、なんとも中途半端なかたちとなってしまったのが残念だ。
山本夏彦ファンの数は山口瞳ファンよりは少ないかもしれないが、執着度はともすれば山口ファンを凌ぐものがあるようで、山本さんの著作を古本屋で見かけることが少ないような気がする。容易に手放そうとしないのである。たまたま先日、市川のブックオフで文庫版未刊行の単行本2冊(9と10)を入手できたのは幸運だった。
文庫版『オーイどこ行くの』の帯裏に、山口さんの言葉が引用され「オーイどこ行くの」という書名となった言葉がそのなかに登場するが、はたしてこの一節は何というタイトルの文章に収められているのか、探し出すことができなかった。「オーイどこ行くの」というタイトルの文章が当の文庫版になかったからだ。これはおそらく元版の「あとがき」で、文庫版未収録なのではないか。
山本さんは本書収録の「タイトルだけが人生だ」「万延元年のフットボールの二つのコラムのなかで、タイトル付けの名人として、中野重治高見順大江健三郎をあげる。この文脈で言えば、山本さんもタイトル付けの名人に連なる。逆説めくが、タイトルを見て何について書かれたものなのか瞬時に判断できるものが少ないからだ。
目次をざっと見渡すと、言いたいことをタイトルにすることは多くても、論じる対象を単刀直入にタイトルに掲げている文章は多くない。栄えあるコラム第1回の「可哀想な美空ひばりは珍しいほうに属するのではあるまいか。
だから、目次から山口瞳さんが登場するコラムを探し出すことに難渋したのである。何を言いたいかといえば、人名索引とまではいかないものの、それに近い簡単なインデックスのようなものがあったら便利だなあと思ったのである。そのためには文庫本のような入手しやすいかたちですべてのテキスト(元版の「あとがき」まで含め)が読者に提供されていることが望ましい。どなたかやってくださる方がいないものか。