映画を観る少年

一少年の観た〈聖戦〉

昨日古本で手に入れた小林信彦さんの『一少年の観た〈聖戦〉』*1筑摩書房)を読み終えた。たまたま昨日は本書を購った直後、フィルムセンターで戦時中に軍隊慰問を射程に入れて制作された映画「音樂大進軍」を観たというなりゆきがあったため、その流れで帰宅直後から読み始めたのだった。
小林信彦少年が戦時中どのような暮らしをしていたのかという点については、これまで『和菓子屋の息子―ある自伝的試み』*2新潮文庫)や『ぼくたちの好きな戦争』*3新潮文庫)を読んで知ってはいた。本書でもそれらの別著と重複する部分はあったが、本書ではとくに、戦時中にどのような映画に接したのかという問題を中心に自らの戦争体験を語ったことが特徴だろう。小林さんご自身の言葉を借りれば、本書の目的は次のようなものだ。

「〈聖戦〉の中で一人の少年がどのように育ち、戦争にまつわる大衆文化を享受し、戦争の渦に巻き込まれ、敗戦にいたったか――という事実の記述」(「はじめに」)
小林さんは1932(昭和7)年に生まれた。前年に満州事変が勃発し、この年には五・一五事件が起きている。つまり生まれたときからすでに日本は戦争状態にあったということで、昭和20年の終戦まで、小林さんは平時というものを知らなかったことに今更ながら驚かされる。「ものごころついて以来、ずっと灯火管制だったので」、敗戦となってようやく電灯の傘につけられた遮蔽紙が外されると、「電球の灯りがここまで明るいこと」を知ったという。こうしたことをあっさり書かれてしまうと、いまの時代にのうのうと暮らしているわが身が引き締まる思いがする。
このところ日本映画をよく観ていることもあってか、『和菓子屋の息子』『ぼくたちの好きな戦争』を読んだときにくらべて、書かれていることの理解率がアップしていることを読みながら実感した。ちょうどそうした方面の知識を吸収しつつあるところゆえ、本書に書かれてある事柄はまるで真綿に水が染みるように頭に入ってきて楽しいのである。昨日観た古川ロッパの人気だとか、もちろんエノケンもそうだし、戦時中に封切られた「姿三四郎」や「無法松の一生」の話題など、小学生の小林少年が東京という大都市のなかで一人で映画を観ながら摂取した映画という大衆娯楽の面白さが伝わってくる。
昨日観た「音樂大進軍」に出演していた岸井明や灰田勝彦は、先日観た「銀座カンカン娘」にも出演していたが、彼らが戦時中どのような活躍をしていたのか、大衆にとって彼らはどんな期待を集めていたのかということもわかり、知識欲が満たされた。
いま中学校や高校で「日本史」の授業がどんなふうに行なわれているのか知らないけれども、私たちの頃は、時間切れで戦後の部分ははしょって教えられた(あるいはカットされた)。このように中途半端に教えるのであれば、これら小林さんの本や、加えて井上ひさしさんの『東京セブンローズ』(上)*4(下)*5(文春文庫)などの読書を薦めればそれで済むような気がする。
そう、本書を読んで井上さんの『東京セブンローズ』を思い出し、棚から取り出していま手元に置いてパラパラとめくっている。この日記体小説は実に面白かった。再読したくてウズウズしているのである。