明治職人の世界に遊ぶ

職人

ときどき明治・大正時代に遊びに行く。もちろん読書の世界での話である。並行的に読んでいる本のうち、一冊はこの時期について書かれたものであることが多く、だから頭の何分の一かは常に明治・大正の時代に置いているのである。
不思議なもので、この時期について書かれた本を読んでいると心が落ち着く。自分自身はもちろん、父母の世代にさかのぼってもこの時代の空気を吸ったわけではないのに。
竹田米吉さんの『職人』*1(中公文庫)を読んでいて、やはり心がほどけてゆくような感じを味わった。
著者の竹田さんは明治22年(1889)神田多町の棟梁の家に生まれた。兄も大工。少年時代は父の知り合いの棟梁のもとで年季奉公をし、大工の基礎技術としきたりをみっちりと仕込まれた。その後奉公先を離れ一時期自分の家の仕事の手伝いをしていたが、また別の棟梁のもとに年季に出されるなど働き場を転々とするなかで、建築現場におけるさまざまな技術を身につけた。
本人は大工に飽きたらず、工手学校(現在の工学院大学)を目指す。帝大工学部とともに明治において建築技師を養成した学校である。
また、工手学校で学ぶかたわら民間の建築事務所としてはトップレベルの横河工務所(店)に勤務する。横河工務所は三越本店などの建築を請け負ったところとして有名だ。しかし横河工務所に勤務してわずか二ヶ月で鐘ヶ淵紡績東京工場の建築現場へと出向する。
本書の柱は、少年時代の奉公・工手学校時代の勉学・鐘ヶ淵紡績工場の建築、さらにその後赴任した北海道王子製紙苫小牧工場の建築という五つに分かれる。
本書には建築現場の実地で豊富な経験を積んだ著者らしく、大工・左官・煉瓦積みといった現場の細かな作業工程が文章で再現されている。現場の工程を文章で説明するというはなれわざに読みながら感服するいっぽうで、容易にイメージできないもどかしさも感じる。
それらは別にしても、明治期の職人生活をふりかえるくだりは貴重なエピソード満載で楽しんだ。

かくのごとく食生活が安定していたから、職人が食物屋に入るときは、安い飯屋に入る必要がなかった。少なくとも天婦羅屋とか鰻屋とか、いわば現今の小料理屋程度以上の家にしか入らなかった。一膳飯屋、居酒屋、すいとん屋、丸三うどんなどは、もっぱら車力、俥夫、立ちん坊がお客であって、職人がそのようなところへ足を踏み入れようものなら、「人足みてえな奴だ」と軽蔑された。(24頁)
といった記述には正直意外と感じたし、
当時でも落語のかかる寄席はあったが、そこは女、子供、商人の手代、番頭などの行くところで、職人や魚屋、八百屋の主人などは講釈場に行ったものだ。(56頁)
という記述には当時の庶民娯楽にも階層性があったことを知るのである。
本書の元版は昭和33年工作社から刊行された。山本夏彦さん率いるあの出版社である。本文庫版でも、平成3年の年記の入った山本さんの解説が収載されている。
よく見るとこのとき中公文庫に入り、今回購入したのは改版された新装版だった。『職人』という素っ気ないタイトルゆえか、こうした好著の存在にはこれまでまったく気づかなかった。帯には山本夏彦が手塩にかけた一冊」という惹句が入っている。
山本さんが亡くなってからの一連の文庫復刊ブームに乗り、本書も改版されたということだろう。きっかけがどのようなものであるにせよ、こうした形で本書に出会えたのは幸いというべきだ。

*1:ISBN4122042909