紀行文と評伝でたどる美術館

ちょっと寄り道 美術館

東京に来て変わった面はいろいろある。そのひとつは博物館・美術館好きになったことだろう。
むろん職業柄博物館好きで“なければならない”のだが、天邪鬼かつせっかちな私は、まわりの人びとが博物館好きで展示などをひとつひとつゆっくりじっくり見ているのに反発して、展示も足早に見終えてしまう。
いまでも天邪鬼な性格は変わっていないので博物館のなかでも歴史系よりはそれ以外、そして博物館よりは美術館のほうがより心落ち着く。東京では毎月のように貴重な展覧会が開催されているので、つい「東京でなければ見ることができないかも」という意識が働いて、寸暇を惜しんで足を運ぶようになってしまった。
美術館に足を運ぶ癖がつくようになると、地方に行っても、これまで見向きもしなかった小さな美術館に気を止めることが多くなった。むしろ小さな美術館で名品を見つけて一人ほくそえむ快感をこそ楽しむようになったのである。
池内紀さんの『ちょっと寄り道 美術館』*1(光文社・知恵の森文庫)はそんな現在の私の関心にぴったりの本だった。

こんなに美術館にめぐまれている時代は、わが国にかつてなかったはずだ。国立、道立、都立、府立、県立、市立、町立、またさまざまな個人美術館が星のようにちらばっている。(元版「あとがき」)
どちらかといえば本書では、いかめしく「○立」を冠した館よりもむしろ個人美術館が多く取り上げられる。「書き手の好み」なのである。
さすが紀行・評伝の名手池内さんだけあって、たんなる美術館探訪記に終わっていない。
個人美術館となれば、まさしく個性そのもので、つくった人、あつめた人、あずかった人、ひきうけた人、それぞれにドラマがある。(同上)
一人の芸術家の作品を中心に集めた美術館(棟方志功記念館・玉堂美術館・熊谷守一美術館など)の場合、その芸術家の一生を見渡す。一人の人が蒐集したコレクションをもとに設立された館(大川美術館・久万美術館など)の場合、コレクターの一生がラフスケッチされる。美術館の裏側ではたくさんの人間の営みがあった。評伝・紀行のバランスが絶妙な楽しい読み物であった。

*1:ISBN433478254X