今年出会った作家(その3)―佐野洋
学生時代仙台の古本屋でバイトをしていた頃、主な仕事の一つに文庫本の棚入れがあった。
五十音順に整然と並んだ、ブックオフの走りのような文庫棚に、整理が終わった文庫本を差してゆく。立ちっぱなし動きっぱなしで体力的に辛い仕事ではあったけれど、ほとんど苦にならなかった。
この仕事をやったから文庫好きになったのか、もともと文庫好きだったからこの仕事も苦にならなかったのか、どちらが先か忘れてしまった。
いずれにしろ相乗効果でわが文庫好きの度合いが高まっていったのは確実で、「へえ、こんな本が文庫になっていたのか」という新鮮な驚きに満ちていたし、探していた文庫本を見つけて棚に入れず自分のためにキープすることも毎度のことだった。
スペースの都合上同じ本は三冊までというルールがたしかあったはずで、それ以上ダブった場合は均一棚にまわされたり、廃棄処分になったりする。
そんなダブり度が高く、またスペースを多く取っていた(エンターテインメント系)作家を思いつくまま並べてみれば、時代小説系の作家(池波正太郎・司馬遼太郎ら)を別にして、赤川次郎、西村京太郎、斎藤栄、勝目梓、山村美沙、西村寿行、大藪春彦、清水一行と、たちどころに指を折ることができる。これらの作家に対しては、読みもせず、ただ多作すぎるという理由だけから半ば馬鹿にしていたきらいがある。
このリストに佐野洋さんの名前を加えてもいい。ミステリファンでありながら、読む気も起こらなかった。
ところが人も変わるもので、今年になって一気に佐野作品の魅力にはまったのである。吉田健一の『大衆文学時評』を読んだことが、佐野洋作品をはじめとしたいわゆる「中間小説」に対する私の姿勢を一変させた(詳しくは2002/7/13条参照)。
佐野さんには「短篇の名手」という尊称が与えられている。たしか短篇1000作を達成されたのではなかったろうか。もちろんこの評価に反発する人もいるだろうし、長篇で傑作と呼ばれる作品もあるだろう。
私はいまのところ短篇しか読んでおらず、また購入しているのもほとんど短篇集ばかり。やはり「短篇の名手」という点に惹かれたからである。
しかもたんなる「短篇の名手」でなく、“連作短篇の魔術師”という称号を贈りたい。
一つ一つの短篇がかならずしも珠玉ぞろいというわけではないのだが、ある一定のテーマに基づきさまざまなシチュエーションで趣向を凝らし短篇を綴るという連作形式になると、俄然それら短篇の集まりに輝きがましてくるのだ。だから同じ短篇集でも、連作でないたんなる寄せ集め的な短篇集はまだ恐くて(?)購入していない。
古本屋に入ると、いまでも佐野さんの文庫本は数多く並んでいる。角川のダークグリーン、徳間・講談社の紫色、文春・新潮のベージュ。
私がバイトをしていた頃から人気が衰えていないことを示していることにもなるわけで、来年以降も追いかけ、少しずつ読んで少しずつコレクションを増やしてゆきたい。これぞ典型的な「読み惜しみ」であり、これに「買い惜しみ」も加わっている。
◎読了本リスト
- 『内気な拾得者―北東西南推理館2』*1(文春文庫)3月
- 『四千文字ゴルフクラブ』*2(文春文庫)7月
- 『偶然の目撃者―北東西南推理館』*3(文春文庫)9月
- 『皮肉な凶器―現代替え玉考』*4(徳間文庫)12月
◎所持本リスト
- 徳間文庫
- 『殺人書簡集』ISBN4-19-567309-7
- 『密会の宿』ISBN4-19-567465-4
- 『見習い天使』ISBN4-19-567422-0
- 『わざわざの鎖』ISBN4-19-891871-6
- 文春文庫
- 『折鶴の殺意』ISBN4-16-721401-6
- 『喪服の折鶴』ISBN4-16-721423-7
- 角川文庫
- 『野球が殺した』ISBN4-04-131213-2
- 『同じ女たち』ISBN4-04-131239-6
- 『ハンドバッグの証言』ISBN4-04-131237-X
- ハルキ文庫
- 新潮文庫
- 『楽しい犯罪』ISBN4-10-128711-2
- 光文社文庫
- 『不可解な使者』ISBN4-334-73499-5
- 講談社文庫
- 『光る砂』ISBN4-06-273229-7