今年出会った作家(その2)―重松清

世紀末の隣人

私の読書スタイルとして、良くも悪しくも「読み惜しみ」がある。
13日条で書いたように、ある書き手が好きになると、ひとまず著作を熱心に買い集め、揃えるところから入る。集めたからといってすぐ読みはしない。読み惜しみしながら少しずつ間をあけて読むのである。
戸板康二丸谷才一山口瞳山本夏彦など、文庫著作をほとんど持っていながら、まだそれぞれ半分も読んでいないのではないだろうか。読み尽くしてしまうのがもったいないのだ。
しかし今年の後半に出会った重松清さんの著作は、そんな私に「読み惜しみ」の念を起こさせない魅力を持って目の前に立ち現れた。どのような経緯で重松さんの著作に親しむようになったのかは何度も書いてきたので(7/28、10/6、11/11条など)ここでは繰り返さない。
今年読んだ重松作品は以下のとおりである。

  1. 『ビタミンF』*1新潮文庫)7月
  2. 『哀愁的東京』*2(光文社)8月
  3. 『カカシの夏休み』*3(文春文庫)9月
  4. 『トワイライト』*4文藝春秋)9月
  5. 『日曜日の夕刊』*5新潮文庫)10月
  6. 『リビング』*6(中公文庫)11月
  7. 『流星ワゴン』*7講談社)12月

なぜ読み惜しみせず、これほどまで立て続けに重松作品を読んだのか、自己分析を試みれば、重松作品は現在の私自身にとってアクチュアルな親近性をもっており、いまこのときに読んでおかねばという気持ちにさせられたのだと思う。
読み惜しみしてあとでゆっくりなどと寝かせておけば、鮮度は半減するに違いない。
不況やらリストラやら少年犯罪やら、そんな暗い言葉が新聞に躍っている。そんな先が見えない今の世相を、三十代後半から四十代前半の男性、結婚して家庭を持ち、小さい子供がいるという立場の人間の視点でさまざまに切り取ってみせる。
私は重松さんより四歳年少だが、いや、四歳年少だからこそ、ここ数年文庫化された三、四年前の、つまり私とほぼ同じ年齢のときに重松さんが書いた小説の中味に引きずりこまれたのかもしれない。
ここまで熱中してしまったのは、きわめて個人的な条件がピタリと一致したからなのだ。私の熱中ぶりを訝しげに眺めておられる方もいるに違いない。
今回初めて小説以外の重松作品を読んだ。文庫新刊『世紀末の隣人』*8講談社文庫)である。
これは2001年2月に刊行された(連載は2000年)ルポルタージュで、著者はこれを〈寄り道・無駄足ノンフィクション〉と称している。
池袋の通り魔事件、音羽の幼女殺人事件、「てるくはのる」事件、新潟の少女監禁事件、17歳少年のバスジャック事件、和歌山ヒ素カレー事件、日産のリストラ、転職によるUターン・Iターンブームなど、マスメディアによる熱狂報道がようやく醒めかかってきた事件や「状況」をおもむろに取り上げる。
近づきかたも、当事者に対する直接取材をいきなり敢行したり、対象を執拗に追跡するような力んだものでなく、上記のように〈寄り道〉〈無駄足〉をしながらゆるりと核心に近づいてみせるというもの。
文章のはしばしに自分は「読み物作家」だから、という卑下ともつかない表現が出てくる。自らの足で取材するのでなく、取材記者が集めてきたデータ原稿を取りまとめて一編の読み物に仕立て上げる仕事をしてきた人間(アンカーマン)であるという自己規定。
あまりに頻繁に登場するので、勘ぐればこの「読み物作家」という言葉は、一種のおまじないのようなものなのだろうと邪推する。近づきすぎないように距離を保ちつつ対象を捉える、そんな禁欲的姿勢を身に課すための呪文なのだ。
対象への禁欲的なまでの距離の保ち方のいっぽうで、同世代の人間に対する意識の強さが印象的だ。60年代前半に生まれた人間たちを見るまなざしは、同じ時間を共有してきた仲間という意識に満ち、そうした観点から彼らが捉え直される。

なにごとも形から入る、一九六三年生まれ――かつて新人類と呼ばれた世代の頼りなさを背負って、ぼくは世紀末の街へと足を踏み出したのであった。
これは「まえがき」の末尾の一文である。私が重松作品に惹かれるのも、こうした「60年代生まれ」という仲間意識を共有したいがためなのかもしれない。
『カカシの夏休み』の解説で松田哲夫さんがこう書いている。
こうして、重松作品は、中年物語だけでなく、少年物語もニュータウン物語も含めて、平成日本の優れた歴史叙述になっていくのだ。百年後の歴史家が、昭和から平成の時代をリアルにとらえたいと思った時、重松作品が第一級史料として珍重される可能性は高いだろう。
歴史研究者のはしくれとしての私は、同世代としての仲間意識のほか、こうした重松作品がはなつ歴史性という匂いに強く惹きつけられたのだ。
重松さんが50歳、60歳になったらどんな作品を書くのだろう。それにつれて私自身も年齢を重ねるわけだが、はたして追いかけつづけているのか、ゆくすえが楽しみである。

*1:ISBN4101349150

*2:ISBN4334924042

*3:ISBN4167669013

*4:ISBN4163212205

*5:ISBN4101349142

*6:ISBN4122042712

*7:ISBN4062111101

*8:ISBN4062739127