モダン東京のお嬢様

街の灯

昨日触れた川本三郎さんの講演会のなかで、川本さんは銀座で一番好きなのは銀座和光(旧服部時計店)の建物だと言っていた。この服部時計店の建物は昭和7年(1932)に落成し、それ以来銀座のシンボルとしていまに至るまで銀座四丁目交差点(旧尾張町交差点)に威容を誇っている。
この昭和7年という時点に時期設定をした小説が、北村薫さんの『街の灯』*1文藝春秋)である。本書は「虚栄の市」「銀座八丁」「街の灯」という中篇三篇が収められた連作ミステリであるが、このうち「虚栄の市」では落成間近の、「銀座八丁」では落成直後の服部時計店が登場する。後者ではこの建物が重要な役割も果たすことになる。
この連作は、女子学習院に通う女学生の社長令嬢花村英子が主人公だ。彼女の女子学習院で友達付き合いを通して当時の華族階級の暮らしぶりを描き、そこで生じる事件・謎が英子によって解かれるという筋立てになる。
そのさい英子のブレインとして重要な役回りを担っているのが別宮みつ子という女性。「虚栄の市」の途中で、英子を送り迎えする運転手兼家庭教師として花村家に雇われる。謎めいた出自のインテリ風女性なのだが、彼女にまつわる謎は物語が進むにつれて少しずつ明らかになってゆくという仕掛けである。
別宮は、ちょうど英子がサッカレーの『虚栄の市』を読んでいたときに英子に紹介された。この長篇の主人公がレベッカ・シャープという女の子で、レベッカの愛称がベッキー、その連想で英子は別宮を“ベッキーさん”と呼ぶようになった。
本書が出たのは今年の1月。そのとき買わなかったのは実にくだらない理由である。本書に登場するベッキーさんという人名が、自分があまり好ましく思っていない女性タレントの名前と同じであることで、何となく購入に気が進まなかったのだった。その後自宅から自転車で30分ほどのところにある新古書店で一度お目にかかった。刊行後間もない頃であって、「もう」と驚いた。しかしそのときも買わなかった。
このところ北村さんの『詩歌の待ち伏せ』(上・下)を読み、北村さんへの興味がふたたびわき上がってたところで、未読の本書が気になってきた。まだある保証はないけれど、自転車をこいで以前見かけた新古書店に行ってみたところ、幸い棚にあったのである(新刊書店で買わないのが情けない)。そんな出会いだから、すぐに読む。
本書は戦前を舞台にした小説としては珍しく女子学習院を中心とした上流階級の生活が描かれる。言葉づかいや生活慣習など、かなり丁寧に取材されていると見受けられた。英子の暮らす花村家は麹町にある。当時女子学習院は青山(現在の秩父宮ラグビー場があったあたり)にあったという。そんな東京の地理に加え、「街の灯」では軽井沢での避暑の様子が描かれる。こんな暮らしがかつて日本にあったのだと思うような、上流階級の典雅な生活。
ミステリとしても変化に富んだ内容で楽しんだ。「虚栄の市」は乱歩へのオマージュである。昭和7年というとエログロの象徴とされつつも大衆からの絶大な人気を獲得していた頃で、前年からこの年にかけ平凡社から全集が刊行されている。「虚栄の市」にも全集刊行の話がちらりと登場する。地理学的にも乱歩色が濃厚だ。
しかも英子が頼りにする知恵袋として、彼女の叔父で現役検事の弓原太郎子爵が登場する。検事のかたわら探偵小説を書き始めたという設定は、そのまま浜尾四郎にあてはまる。とすれば英子の叔父に古川ロッパもいたのかと想像するだけで楽しい。
「銀座八丁」はモダン都市東京の中心たる銀座の活況を描く「日常の謎」系ミステリ。夜の銀座が物語の重要な鍵となる。昭和2年に書かれた松崎天民の『銀座』(中公文庫、ちくま学芸文庫)に活写されている銀座の町並み(むろん天民がこの町を書いたときには服部時計店の建物は存在していない)が、上流階級の女学生の視点でとらえられる。
最後の「街の灯」上流階級のなかにいるからこそ成り立つという安吾の『不連続殺人事件』を思わせる状況(以上文字反転)トリックを使った凝った一篇だ。
巻末のインタビューで、北村さんは本書の見所のひとつに「一つのワンダーランドとしての昔という面白さ」をあげている。完成直後の秋葉原駅に設置された長いエスカレーターに乗って三階ホームに立ったときの驚きなど、当時の人が感じたであろう細かい点までが忠実に再現されている。
「わりあい女子学習院を描いた小説ってない。差し障りがあって書けなかったのかもしれないけどね」というように、舞台・時期設定が絶妙で続篇を期待させるシリーズなのであった。