落語ミステリの王道

七度狐

出張でもないのにこれだけの期間更新を怠ったのははじめてではあるまいか。家に帰っても本を読む気力が沸いてこなかったのだ。それに新刊書店でも本を買う気力が沸かない。私の場合、「これぞ」と思う新刊書を買い、それを読みたいと思う気持ちになることがモチベーションとなって読書スピードを速めるというタイプなので、買えない、読めないではにっちもさっちもいかない。
そのなか、昨日、「読みたい」という本がふところに飛びこんできたため、読書中の本を読み終えることができた。ようやくこの状態から脱出できそうな予感がしている。
読み終えたのは大倉崇裕さんの新作『七度狐』*1東京創元社)。読書中に『BOOKISH』第五号(特集「落語の本あらかると」)が届けられ、そのなかで未読王さんが「私の愛した落語本」として同じ大倉さんの『三人目の幽霊』(東京創元社)をあげておられる。私はこちらの存在は知らなかった。著者大倉さんに対する認識はそんな程度のものであった。
『三人目の幽霊』は短篇集。いっぽう『七度狐』は長篇(二段組で260頁)であり、短篇集でも登場する雑誌『季刊落語』の編集長牧大路と編集者間宮緑の二人が長篇でも謎解き役となる。
上方落語の大名跡春華亭古秋(しゅんかてい・こしゅう)をめぐる相続争いがポイントになる。春華亭古秋はこれまで血縁関係のある者のみに世襲される由緒ある名跡で、物語は当代の息子三人がその名跡を争うなかで起きた殺人事件と、同じ村で四十五年前に起きた当代の兄先代古秋の謎の失踪事件を軸に展開する。
名跡継承を決めるための一門会が山間僻地の村の旅館で開催される。その取材に間宮緑は派遣され、事件に遭遇する。おりからの豪雨で河川が増水し、麓の町との交通が遮断された。閉ざされた“疑似密室空間”というおあつらえむきの舞台に、血で血を争う落語の名跡という道具立て。
読んでいる途中で犯人の目星がついてしまい、「なんだ」と匙を投げかけた瞬間からどんでん返しの連続で、後半三分の一あたりからは一気に読まされた。あとから考えると、いたるところに伏線が散りばめられていてなるほどと思わされる。
落語ミステリとしては、名跡争いということだけでなく、噺の内容にそって事件が展開するという「見立て」の趣向も取り入れられている。落語ミステリの王道というべきなのだろうか。