巧妙と通俗のバランス

偶然の目撃者

佐野洋さんの『偶然の目撃者―北東西南推理館』*1(文春文庫)を読み終えた。本書は、私が佐野洋ファンになるきっかけとなった『内気な拾得者』(文春文庫、感想は3/15条)と同じシリーズの第一作目である。
作者ご自身が切り抜いていたり、読者から送られてきた新聞記事をもとに短篇を仕立てあげるというこのシリーズ、今回読んだ『偶然の目撃者』も相変わらず素晴らしい冴えが見られた。
もっとも「相変わらず」というのは本末転倒で、本書が第一作であるわけだから、シリーズの最初からできばえは素晴らしかったと言い直すべきだろう。
二作目の『内気な拾得者』を評して私は、「ベテラン推理作家佐野洋さんの自信と、余裕と、遊び心や冒険心がうかがえる意欲作」と書いた。一作目を読んでもこの考えは変わらない。
本書では、四コマ漫画や(「移動指紋」)、ナンバーズの当選番号を報じる囲み記事(「数字の意志」)が出発点となっていたりして多彩である。
また、読者から送られた記事に加え、かつて発表された自身の長篇のような味つけでというリクエストにまで応えて、それと重複しないようにと配慮しながら短篇を創りあげる様子は、まるで寄席の客から出されたお題から落し話を創りあげる落語の三題噺を連想させる。
その意味で遊び心がうかがえるし、強烈なプロ意識が見え隠れしているのである。
解説の阿部達児さんは佐野洋作品を評して、いい意味で「同工異曲」であるとする。これは連作短篇というある種の制約を課された作品群に如実にあらわれる。およそ犯罪とは無関係の何気ない新聞記事が一篇のミステリに仕立てられてゆくというマジックの快感に慣れてくると、少し冷静になってまわりを見回す余裕も生じ、読み方にもちょっとだけ意地悪な気持ちが芽ばえてくる。
というのも、本書に収録されている全九篇の短篇で描かれる事件の多くが、結婚する/しない、産む/産まないといった、いわゆる「男女の痴情のもつれ」を主たる動機としているのだ。不倫とか、パイプカットといった言葉が散見する。
つまり物語の落とし所として佐野さんが好んで選ぶのがこうした局面であるということで、悪く言えば通俗的である。むろんそうした動機の通俗性を補って余りある技巧が本書の特色であって、もとよりけなそうとする意図はない。