文庫本・コレクション・ちくま文庫

新刊!古本文庫

文庫本という判型の本にこだわるようになったのはいつ頃からだろう。
…などという疑問を発するまでもなく、私の場合きっかけははっきりしている。講談社の「江戸川乱歩推理文庫」だ。このシリーズによって私は読書の世界に入り込むと同時に文庫本好きになり、揃える快感をおぼえた。すべての道は「江戸川乱歩推理文庫」に通ず、である。
古本屋でアルバイトをするきっかけも乱歩だった。バイト先の古本屋で与えられた仕事のひとつに、文庫の店出しがあった。文庫好きになったいまひとつのきっかけでもある。
“時間さえかければ見つからない古本はない”という考えを得たのも、このバイトのおかげである。文庫本の店出しをやりながら、自分用に抜き取って購入した文庫本は数え切れない。
北原尚彦さんの『新刊!古本文庫』*1ちくま文庫)を読んで、その頃の思い出がいろいろとよみがえってくる。
私は文庫好きといっても網羅的ではなく、主として角川文庫によるブーム以降のカバー付の文庫に偏向している。だから、触れられているなかでは巖谷小波お伽噺文庫、少年倶楽部文庫、国枝史郎伝奇文庫、旺文社文庫サンリオ文庫、富士見ロマン文庫といったところが懐かしい(むろん江戸川乱歩推理文庫にも言及がある)。
驚いたのは、白井喬二『怪建築十二段返し』(大陸文庫)がすでに絶版で、古書価も高価になっているという話。大陸文庫そのものも消えたという。この本は仙台にいた頃新刊で買った。買った本屋さんも憶えている。同書の存在は『幻想文学』誌で知ったのではなかったか。すっかり天にシミができてしまっているが、何となく誇らしい。
古書価が高価といえば、河出文庫に入ったイタロ・カルヴィーノの『柔かい月』(ハヤカワ文庫)も高かったらしい(とやっきさんに以前教えてもらった)。この本はやはりバイト先の古本屋で購入している。
古い日記を調べると、1991年2月23日のことだった。寺山の『誰か故郷を想はざる』(角川文庫)・『ぼくが狼だった頃』(文春文庫)と一緒に店出し分のなかから見つけた。
文庫コレクションのことを書いて坂崎重盛『蒐集する猿』*2ちくま文庫)に及ぼうと思ったが、余裕がなくなった。
少しだけ感想を述べれば、同じくコレクションのことを書いても、比較的新しめの文章のほうが、肩の力が抜けていて好ましい。