作家とスポーツ

鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾

すっかり余計な肉がついてしまい、運動などしようものなら少し動いただけで息切れしてしまう体たらくであるが、昔はこれでもスポーツマンだった。
小学校の頃はサッカー、中学に入ってバレーボール(中学にサッカー部がなかったため)、高校では一時期アマチュアレスリングをやっていたなどと話すと、いまの風体をしげしげと眺め回されたうえでたいていは驚かれる。話すほうの私としても、驚かれることを楽しみに話しているような、多少自慢げな心もちになる。
しかしよく考えてみると、昔スポーツをやっていたことなど少しも自慢にはならないのである。いかにもスポーツなどやっていそうにない人間が実はスポーツ万能だった。たしかに驚きではあろうが、それがその人の価値上昇に直結するわけではなかろう。
しかしながら、スポーツに不向きに見える人間がスポーツをやっていたと知ると、なぜかその人を見直してしまうのである。
矢島裕紀彦さんの新著『鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾*1NHK出版・生活人新書)は、そうした落差を楽しむ本であるといえるだろう。「あの作家がこのスポーツを」と驚き見直すようなエピソードが満載である。
子規と野球、三島とボディビルなどはファンでなくとも有名だが、たとえば志賀直哉は、自転車で住まいのあった麹町から江ノ島や横浜・千葉まで遠乗りにでかけるほどの自転車愛好家であったと聞けば驚くだろう。
また向田邦子はボーリングに熱中して、一時期スコアが200を上回るほどの上達ぶりだったという話はどうか。向田さんがボーリングに熱中したのは、中山律子さん登場をきっかけとするボーリング・ブーム以前だったという。
梶井基次郎とビリヤードというのも異色の取り合わせのように思える。本のなかに、和服を着て台に腰かけ、マッセという高難度の撞き方を試みようとしている梶井の写真が掲載されている。
その他たとえば、獅子文六(ゴルフ)、菊池寛(水泳)、柴田錬三郎(ダンス)、サトウハチロー(野球)、内田百間(軽飛行機)、吉川英治(競馬)、大佛次郎(ヨット)、伊藤整(スキー)、島崎藤村(テニス)などが取り上げられている。
いかにも作家はスポーツと無縁な気がするから、本書によって好感度が上がる作家は多いに違いない。スポーツの魔術である。