誘涙的読書

哀愁的東京

重松清さんの新作『哀愁的東京』*1(光文社)を読み終えた。
本書は連作短篇集と銘打たれ、一貫した筋立てと人物配置をもつ全9章(編)から成る。主人公進藤宏は40歳。フリーライターとして週刊誌の無署名記事などを執筆しながら口に糊している。妻と娘がいるが別居中。妻はアメリカで仕事をしており、夫婦の仲は離婚寸前という状態。
彼にはフリーライターとは別の顔があった。絵本作家としての顔である。二年前に出した絵本がその道の権威ある賞を受賞し、将来が約束されたかに見えた。ところがこの絵本を出したことが皮肉にも絵本作家としての道を閉ざしてしまうきっかけとなってしまった。以来まったく絵本を作れずに、日々依頼される雑誌記事の仕事をこなす毎日。
絵本を出した出版社では、彼の本を読んだことがきっかけで絵本編集者を志したシマちゃんという女の子が新しく担当編集者となり、彼に対してときには故意に侮辱的な言葉をはなちながら攻撃的に絵本を書かせようとする。彼女の熱意はありがたいが絵本を書く気持ちが定まらず、醒めた態度で淡々とライターの日々を送る進藤。
各章は、進藤とシマちゃん、そして進藤の友人、絵本のモデルとなった人々、ライターとして関わることになった人々との間で起こるほろ苦くも哀しい人生模様で織り上げられている。
小説家以前はライターとして生活していたという重松さんの経験が込められているに違いない進藤のライター仕事の描写にリアリティがある。
最終章「哀愁的東京」は哀しい。妻と娘が一時帰国した。妻から見せられた離婚届に納得して判を捺した。小学生の娘と最後の一日を過ごす。彼女は最近思ったことを中国語風に「○○的××」と表現して遊ぶことに夢中になっている。進藤は最近の東京生活を「哀愁的東京」と表現した。娘は大人びた仕草で「いいね、ちょっと」と言ってくれた。
最初本書のテーマは家族というわけではないのかと思っていたが、やはり核心は家族にあった。
編集部から営業へ異動が決まったシマちゃんと東京タワーを訪れた。展望台にあるコイン式双眼鏡で子供が自分の家を見つけたと母親に興奮しながら訴える姿ごしに、目前に広がる東京を見たら不意に胸が熱くなって、主人公の目から涙があふれ出た。
どうも最近涙もろくなってきたせいか、私もこの場面で主人公と一緒に涙を流してしまった。