昭和30年代における教養的読書の見取り図
先日読んだ獅子文六『自由学校』(新潮文庫)は50円で購入したものだった。満足度を金額で表現して購入価格で割った数値をかりに“満足指数”と名づけるとすれば、いくつくらいになるだろうか。
神田の某古書店での売値2000円でも十分もとが取れるような面白さだったので、それを満足度の額と仮定すれば指数は40という驚くべき値になる。
ところでこの『自由学校』の巻末に当時(昭和37年8月24刷)の新潮文庫の刊行目録が抄出されている。そこには前の持ち主の書き込みがある。前の持ち主は埼玉県狭山市にお住まいの女性(年齢不詳)で、彼女はこの目録にある書目に丸を付けたり、線で囲ったりしている。
チェックされている作品を見ると、昭和30年代後半における女性の教養的読書の幅がわかってとても面白い。チェックされている作家・作品をすべて抜き出してみる。
- 川端康成『雪国』『伊豆の踊子』『山の音』
- 堀辰雄『風立ちぬ・美しい村』『幼年時代・晩夏』『菜穂子・楡の家』
- 谷崎潤一郎『痴人の愛』
- 夏目漱石『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こゝろ』
- 芥川龍之介『羅生門・鼻』『偸盗・蜘蛛の糸』『邪宗門・藪の中』
- 有島武郎『小さき者へ・生れ出づる悩み』
- 三島由紀夫『潮騒』
- 武者小路実篤『愛と死』『真理先生』『幸福な家族』『馬鹿一』
- 山本有三『真実一路』『路傍の石』『女の一生』『風』『波』『生きとし生けるもの』
- 林芙美子『放浪記』
- 大岡昇平『武蔵野夫人』※
- 林房雄『息子の青春』※『息子の縁談』※『娘の縁談』※
- 獅子文六『てんやわんや』●『自由学校』●『娘と私』●
- 田宮虎彦『落城・足摺岬』●
- 中河与一『天の夕顔』
- 下村湖人『次郎物語』
- 伊藤左千夫『野菊の墓』
- 原田康子『挽歌』
- *書名の後ろの※は枠囲み、●は黒丸、その他は白丸。
『伊豆の踊子』『潮騒』や堀辰雄作品などを選んでいる点、いかにもという気がしないでもなく、現在から見れば全体的にメジャー指向でありながら、ところどころマイナーな作品も混じる。林房雄の三作品などはとくに気になる。
獅子文六の例を考えれば、これは当時はマイナーではなかったのかもしれない。40年前の貴重な読書史の史料であろう。