濡れ場のような愛猫との戯れ

猫と庄造と二人のおんな

小林信彦『小説世界のロビンソン』*1新潮文庫)の影響がいまだに続いている。練りに練られて組み立てられた物語への渇仰。
小林さんが同書のなかで力を入れられていたのは、谷崎『瘋癲老人日記』論だったが、もとより谷崎を読みたいという思いは自分のなかで醸成されつつあった。
先日まで池袋の新文芸坐で上映されていた森繁久弥シリーズのうち、谷崎作品を原作にした「猫と庄造と二人のおんな」を観に行きたいと思っており、事前に原作を読んでおこうと考えていたのである。結果的に観ることはかなわず、原作も読まないままであった。
偶然、新潮文庫の今月のフェア中に、この谷崎の『猫と庄造と二人のおんな』*2が重版されフェア帯付きで並んでいたのを見かけた。同作品の文庫版は持っていなかったため、これ幸いと購入し、せっかくの機会なので読もうと志したわけである。
文庫版で130頁足らず、注釈と解説を含めても150頁に満たない、長篇というよりは中篇といっていい分量の本作品、読んでみるとさすが文豪谷崎、最初の一ページから読む者を物語のなかに引きずりこむような圧倒的な筆力を感じた。
一匹の雌の鼈甲猫リリーをめぐり、彼女を偏愛する庄造と、前妻・後妻、後妻側につく庄造の母、この四人の駆け引きの面白さ。追い出された前妻が庄造を取り戻す深謀遠慮をめぐらせ、猫を引き取りますと言葉たくみに後妻の嫉妬心を煽りたてる。
引き取った当初は餌にすら近づこうとしなかった猫が次第に自分になついてきて、そのために徐々に猫に愛情を寄せるようになる前妻の心理の変化。二人の女の間で自らの居場所を探し求める気弱な男庄造の慌てぶり。幕切れも余韻たっぷり。お見事である。
谷崎自身も猫を可愛がって何匹か飼っていたということであるが、猫を可愛がる描写の何と艶っぽいことか。
いったん知り合いに譲った猫が、遠路庄造の家に舞い戻ってきたときの様子はこんな感じ。まるで人間の男女の濡れ場を描いたようなスリルがある。

それにしても、猫は寒がりであるのに、朝夕の風はどんなに身に沁みたことだろう。(…)そう思うと、早く抱き上げて撫でてやりたくて、何度も窓から手を出したが、そのうちにリリーの方も、羞渋みながらだんだん体を擦り着けて来て、主人の為すが儘に任せた。(文庫版44頁)