愛される理由

ヤスケンの海

村松友視さんの新著ヤスケンの海』*1幻冬舎)を読み終えた。
村松さんと中央公論社『海』編集部の同僚となり、以後互いに心を許す友人となった安原顯さん(ヤスケン)の没後、彼との思い出や彼の人となりを描いた読ませる評伝だった。
村松さんの編集者時代を回想した『夢の始末書』(ちくま文庫、感想は2002/7/29条参照)を面白く読んだ者として、それを補う意味合いももっている本書もまた面白いものだった。
『夢の始末書』の場合、編集者村松友視が、担当する作家と過ごした夢のようなライブの時間をふりかえったということで、それとの関わりで同僚の姿もちらほらと登場する。
同書ではヤスケンの存在を大きく描かれていないのも、そうした理由からだろう。私は単純に村松さんとヤスケンとの仲はそれほど親密ではないものと早合点してしまっていた。本書を読んでそれが間違えであったことに気づいたわけである。

後半での、癌を宣告されたあとのヤスケンの壮絶な仕事ぶりを追ってゆく部分には、逝ってしまった友を偲ぶ著者の心持ちが前面に出て、胸を打つ。ただ内容として面白いのは、村松さんとヤスケンが『海』編集部の同僚として仕事をした時期の記述であった。
島尾敏雄に執筆依頼をするため彼の住む奄美大島に出張したときの事件を取りあげた第七章、また別雑誌に個人名で書いた評論が大江健三郎を激怒させ一時期中央公論社と大江の仲を断たせた事件をふりかえった第八章などは、裏話として迫力がある。
ヤスケンの個性的な仕事ぶりを通して浮かび上がってくるのは、編集者村松友視の情熱である。奄美大島事件で激高した村松さんは、嶋中鵬二社長に宛てて抗議の私信を送りつける。ヤスケン以上にエキセントリックな編集者としての自らの姿が浮き彫りにされる。
ヤスケンと親しく、また村松さんを励ましてプロレス小説を書かせた編集者だった見城徹氏の幻冬舎から本書は刊行された。村松さんの著書の装幀といえば菊地信義さん。カバーも、それを取り払ったときにあらわれる表紙も、見返しの紙もすべてブルーに統一されたシンプルな装幀が好ましい。
ヤスケンはあれだけ過激でありながら、多くの人の信頼を勝ち得、彼の死を惜しむ声が多かった。なぜそれほどまでに多くの人から愛されたのか、その理由の細かい部分をもっと知りたかった。
これはヤスケンの著書を読めば解決するのだろうか。