お腹いっぱいの歌舞伎案内

歌舞伎ナビ

先日の散財で、このゴールデンウィークの過ごし方に変更を余儀なくされた。外出をひかえ、家にある積ん読本読書をしよう。ということでさっそく読み終えたのは、渡辺保さんの『歌舞伎ナビ』*1(マガジンハウス)だ。
帯裏には「あらすじと見どころがバッチリわかる入門書」とある。入門書というのは、この場合たんに初心者向けということを意味しない。ある程度歌舞伎を知った人にとっても、ベテラン見巧者にも入門書たりえ、歌舞伎観劇のさいのガイド・ブックとして今後いささかも色あせることはないと思えるような充実した内容を持った本だった。
本書で取り上げられているのは、「寺子屋」「忠臣蔵」(三・五・六段目)「妹背山」(山の段/三笠山御殿)「助六」「勧進帳」「髪結新三」「切られ与三」「弁天小僧」「鏡獅子」「娘道成寺」の十演目。
私は歌舞伎観劇歴せいぜい四年程度の初心者に過ぎないが、四年といえども毎月のように歌舞伎を見ているうちに、上記十演目はすべて見て知っている。それほどの有名狂言ばかりである。
わけても「寺子屋」「忠臣蔵五・六段目」「髪結新三」などは複数回見ているくらいだが、そうした複数回見ている狂言だから本書の叙述が退屈に思えるのではなく、そのまったく逆で、複数回見た狂言に関する叙述ほど興味深く読むことができるのである。
これは渡辺さんのプロの目と観劇体験、歌舞伎という古典演劇に対する深い洞察に裏打ちされた叙述に加え、歌舞伎そのものの面白さにも通じる。つまり一回性ではなく、見れば見るほど面白さがわかってくるという性質だ。
各演目とも、幕開けから幕切れまで、場面を追いながら人物の動きや型を細かく追って解説を加える。読み進むうちに、他の演劇とは異なる歌舞伎という演劇の特質である、役の性根・肚・型とは何かがわかる仕組みになっている。
型を解説するために添えられている豊富な舞台写真にも目を奪われる。九代目團十郎・五代目菊五郎・十五代目羽左衛門・六代目菊五郎・初代吉右衛門などなど。十二人の松王丸が見開き二ページに立つ図、羽左と六代目の勘平比べ、五人の弁慶の飛び六法の写真など、壮観というほかない。
同じ渡辺さんの『新版歌舞伎手帖』(講談社)とともに、おそらく本書は歌舞伎を見続けるかぎり何度も繙く座右の書となるだろう。