今度は親分肌の典型

口きかん―わが心の菊池寛

テレビドラマ「真珠夫人」によって菊池寛は復活をとげた。原作を購入したものの読んでいないから偉そうなことは言えないけれど、こうなると菊池寛という作家個人への興味がわいてくるのは当然だろう。矢崎泰久さんの新著『口きかん―わが心の菊池寛*1飛鳥新社)はそうした好奇心を十分に満たしてくれる評伝小説だった。
これまで矢崎泰久という名前はかすかに聞いたことがあった程度。『話の特集』の編集長兼社主を三十年続けていたという、出版業界では有名な人だったとは知らなかった。その矢崎さんと菊池寛がいかなる関係にあるのか。
矢崎さんの父寧之氏は文藝春秋社創業以来の菊池の側近として彼を支えたという間柄で、泰久さんの名付け親が菊池なのだという。そのときの話が面白い。最初は「桂馬」と提案されたのだが、普段菊池に従順な父が珍しく難色を示したため、たまたまその場に居合わせた伊藤左千夫の名前をもらい表記だけ変えて「祥夫」に決まったとのこと。現在の泰久という名前は事情でのちに改名したのだそうだ。また母親が菊池の愛人佐藤碧の妹に当たるということで、父や伯母碧さん経由で菊池寛という人物の裏話が矢崎さんのなかに蓄積された。むろん本人が直に接した菊池寛像も含まれている。
これまでは傲岸不遜で敵の多い文壇のオーガナイザーとしての人物像ばかりが先行していた観のある菊池寛の姿に、新しい一面を加えたことは大きな意義があるだろう。矢崎さんだからこその仕事なのである。
このうえに面白いのは、父寧之氏の姉八重が『広文庫』で名高い物集高見の息子高量に嫁しているという縁で、小説の狂言廻しとしてこの物集高量を登場させたことだ。団子坂に居を構えて幇間まがいの多弁を駆使し道楽を極めた高量(この人物については、森まゆみ『明治東京畸人傳』新潮文庫、に詳しい)と、「口きかん」と言われるほどの無口な菊池寛を対置させた面白さ。
もともと寧之氏は姉の縁で物集家に書生として入っていたところを、菊池から懇請されて文藝春秋社へ移ったのだという。第一章では、物集高量と菊池寛がそれぞれ関東大震災に出くわす場面から始まっている。
さてこの小説は自己をも一登場人物として描いた客観的なもので、芥川や久米正雄らと親しかった菊池寛の学生時代から、戦後狭心症の発作で亡くなるまでの時期を取り上げている。そこでは傲岸不遜ですぐにカッとなるような子供っぽい「表面」はもとより、「口きかん」と言われた無口な「裏面」も活写される。
また、戦争を嫌いながらも戦時には日本文学報国会を作って戦争協力の旗をふる役回りを演じるなど、どこに本意があるのか謎と矛盾だらけの人物だったらしい。個人的には菊池寛が無口な人物だ知って驚いた。
矢崎さんは、文藝春秋社の社長として多忙だった頃の菊池寛像をこのようにスケッチする。

月曜日から金曜日までのスケジュールはほぼ同じだった。土曜日の夜は「家族デー」と名付けて子供たちと過ごした。この日は、突然の来客には会わなかった。日曜日には友人たちと麻雀をしたり、競馬場に出かけたりした。遊びの約束は一度たりとも違えたことがなかった。せっかちで、あわてんぼうだったが、意外に几帳面なところもあった。ただし、神経質で非常な綺麗好きにもかかわらず、自分自身は風呂嫌いで徹底的に不精だった。(127頁)
約束を違えない。家族や友人を大事にする。そんな人間としての基本的な部分がしっかりしていたゆえ、敵は多い反面、彼を慕って従う部下も多かった。頼ってくる人には援助を惜しまず、自分から作った人間関係は決して裏切らない。彼こそ典型的な親分肌の人間というべきだろう。
愛人であった伯母を通して、文壇の裏話も多く盛り込まれている。碧さんや梶山季之川端康成新聞小説のほとんどを代作していたなんて、まったく知らなかった。文学史的に著名な事実なのだろうか。
本書の帯には野坂昭如さんによる「面白いに決まっている」との推薦の辞が入っているが、まさにそのとおりの本だった。