山田稔の目線

山田稔さんの短篇集『リサ伯母さん』*1編集工房ノア)を読み終えた。
ずっと以前に読んだ『スカトロジア』(福武文庫)を除けば、昨年末に読んだ『コーマルタン界隈』(みすず書房、感想は2002/12/10条)、今年に入って読んだ『特別な一日』(平凡社ライブラリー、感想は1/28条)に次いで三冊目となる。
山田さんのお仕事は「散文芸術」と言われているそうだ。たしかに『コーマルタン界隈』『特別な一日』は、小説・エッセイ・評論の境界線が曖昧な、まさに「散文」と呼ぶほかないユニークなスタイルで綴られている。これらから見れば、今回読んだ『リサ伯母さん』は小説というジャンルにやや傾いた作品集と言えるだろう。
本書には「愛妻弁当」「明るい場所」「ぽかん」「おとずれ」「リサ伯母さん」「サッコの日」「極楽ホテルの鳥」の七篇が収録されている。
このなかでは、老いによる惚けの現象が、確たる記憶としてあったはずの伯母の記憶と溶け合って、主人公の実在をも曖昧にしてしまう「リサ伯母さん」がもっとも小説的で、強い印象を与える。ただ個人的には最初の二篇「愛妻弁当」「明るい場所」が好きだ。
本書に収録されている短篇のほとんどに、山田さんもかつてその立場であった大学教員が登場する。
愛妻弁当」は、非常勤講師として赴いた私立の女子大で毎週会いながらも言葉を交わさないまま死別してしまった人物の物語だ。彼は昼休みいつも持参した弁当を一人で食べていることから、主人公から密かに「愛妻弁当」と綽名を付けられる。
私もかつて非常勤講師としてある女子大に教えにいっていたとき、非常勤講師の控え室で似たような体験をしているので、このシチュエーションに強い興味を惹かれた。
また「明るい場所」では、赴任したばかりの大学の学科で主任教授であった人物や、研究室の同僚たちとの思い出が語られる。主任教授はいかにも学者らしく研究棟の奥まった部屋に閉じこもって研究を続ける人物として描かれる。
ことほどさように大学教授はユニークな個性の持ち主が多い。辟易させられるようなアクの強い個性もあれば、目立たないことで存在感を際だたせる個性もある。そのなかを泳ぎ切ることはとてもたいへんだ。
山田さんのような目線でまわりを眺めることができれば、と思わずため息をつく。