山本周五郎に惚れました

小説 日本婦道記

初めて山本周五郎を読んだ。宮部みゆき藤沢周平ルート、山口瞳ルート、これまでの読書の流れのなかでいまあげたようなルートをたどって徐々に近づきつつあった山本周五郎の世界であるが、ついにそこに足を一歩踏み入れた。
一歩踏み入れて次はどうするか。もう片方も踏み入れて抜け出せなくなってもいい。そう思うほど山本周五郎の世界に惚れた。
読んだのは『小説 日本婦道記』*1新潮文庫)。江戸時代の武士の家に生まれた女性たちを主人公にした連作短篇集だ。本作で直木賞に推されたものの受賞を固辞したといういわくつきの作品である。
山本周五郎直木賞を辞退した経緯については永井さんの『回想の芥川・直木賞』(文春文庫)に詳しいが、たとえベテラン作家であっても、この作品に直木賞をあげたいという選考委員の気持ちがわかる。
本書は新潮文庫の「掘り出し本」として先月重版された。帯にはみのもんたが「おもいっきりテレビ」のなかで「全国の奥さん、お嬢さん、これを読みなさい!」と発言したことが書かれている。私は別にみのもんたにつられたわけではない。重版された機会に読んでみよう、そういうちょっとした気持ちで購入した。
みのもんたの発言は余計なおせっかいの一言に尽きるけれど、そう言いたくなる気持ちを理解できないわけではない。
江戸時代、武士道という道徳観が支配する世の中の陰で、夫を立て、主に仕え、子供を守りながら淡々と、強く生き抜いた女性が描かれた11篇の短篇、いずれもが佳品である。文章に味わいと気品がある。描かれている人間の息づかいを感じ、その奥にその人の人生が広がる。
そうした要素を含み込んだうえで、読ませる。小説としての筋が抜群に面白い。次はどうなる、と読者をぐいぐいと作品のなかに引きずり込む力がある。こうした作家の特性をストーリー・テラーと呼ぶのならば、山本周五郎は一級のストーリー・テラーである。
とりわけ最後に配された二篇「墨丸」「二十三年」には目頭が熱くなった。いずれも二十数年という時間の流れの重さを、男女・主従の関係の推移のなかで示した絶品だ。文庫本二、三十頁のなかに二十数年という時間とそれを生きた人間の人生が詰め込まれている。「墨丸」を電車で読んでいて、ラストには思わず涙がこぼれそうになった。