銀座の60年代

予想を遙かに超える面白さだった。和田誠さんの『銀座界隈ドキドキの日々』(文春文庫)のことである。読みはじめたら止まらなくなり、時間がちょっとでもあるとすぐに手にとって読み継ぎ、ほぼ一日で読み終えてしまった。
本書は、和田さんが銀座にあるデザイン会社ライト・パブリシティに勤務していた1959年〜68年(23〜32歳)までの日々を、主に交友関係を中心につづったエッセイ集である。いま和田さんの年齢を計算していて、ここで描かれている自画像が、ほとんど二十代の頃の体験であることに気づいて愕然とした。それほどに密度の濃い生活、仕事、交友なのである。該当する年齢の頃の自分を思うと恥ずかしくなる。
六十年代の社会風俗、都市風景も巧みにとらえられていて、音や空気が本のなかから聴こえ、ただよってきそう。六十年代に展開した怒濤の文化的渦巻のなかに和田さんもいたことが見てとれる。嵐山光三郎さんの『口笛の歌が聴こえる』のデザイナー・バージョンとも言える。仕事やプライベートで出会った人々が、あとでさりげなく「彼(彼女)は…なのだった」と、私も知っているような著名人の名前が登場するのである。
初めて知ったのは、煙草の「ハイライト」のデザインをしたのは和田さんだったということ。あの青いパッケージである。言われてみると、そこからあの特徴的な線描のタッチを連想しないわけではない(強引か)。
一気に読めてしまったのも、淡々としながら躍動感がただよう文章の力によるのだろう。
解説の井上ひさしさんも、「和田さんぐらい癖のない、平明で正確な日本語を書く人は稀です。(…)ほんとうによい日本語の手本のような文章が綴られています」と絶賛している。
ところでこの井上さんによる解説も、それ自体が一つの小説になっていて楽しい。さらにこの解説の後に入っている和田さんの「文庫版のためのあとがき」では、「そもそも井上さんは文庫の解説にも文章の仕掛けをほどこす人で、……いや、解説に解説をつけ加える必要はなかった」と、解説をちゃんと受けているのが、楽しさを倍加させている。
解説・あとがきにいたるまで、本文と一体感をもち、楽しんで読める本、今年早々思わぬ収穫であった。