白くない白鬚橋

水野久美

「二人だけの橋」(1958年、東宝
監督・脚本丸山誠治/原作早乙女勝元/脚本楠田芳子/久保明水野久美加東大介/三井弘次/中北千枝子千秋実飯田蝶子浦辺粂子左卜全/瀬良明/久保賢/沢村いき雄/石井伊吉

先日ラピュタ阿佐ヶ谷で観た「霧と影」は、午後最初の回であった。ラピュタに近づいたとき、ちょうどモーニングショーが終わったばかりだったらしく、観終えた人たちが阿佐ヶ谷駅へ向かって帰るところとすれ違った。すれ違う人たちはみんな満ち足りたおだやかな表情をしており、モーニングショーの映画がよほど良かったのだと思わせた。
チラシを見ると水野久美特集であり、人びとに満ち足りた表情をさせていたのは「二人だけの橋」であることがわかった。たしかにこの作品、白鬚橋あたりの工場に勤める若い男女(久保明水野久美)の淡い青春映画ということで、前々から気になる作品だった。何度か上映機会を見逃したはずであるものの、すでにDVDに録画して持っているような気もする。けれども探すのが面倒だし(DVDを詰めた段ボール箱が去年の引っ越し以来未開封のまま)、せっかくの機会なのだからスクリーンで観るほうを優先させたい。
主人公の二人、久保明の勤めはじめた鉄工所は墨田区寺島町とあったから隅田川の左岸、水野久美の勤める石鹸工場は右岸、白鬚橋をはさんで反対側にあるらしい。白鬚橋の向こうには、長谷川利行も描いたガスタンクが見える。時は高度経済成長前夜、鉄工所では怪我をしても会社が治療費を出してくれるわけではなく、逆に働けなくなることで見捨てられてしまう。先輩工員で、工場の人気者だった石井伊吉(現毒蝮三太夫、本名なのだろうか)は、指を怪我してそのまま。石鹸工場ではおびただしい女性たちがオートメーションの機械よろしく石鹸の包装作業に黙々と従事させられている。洗濯物を干す中北千枝子久保明の姉)は、この頃洗濯物に煤がついて…とぼやいている。工場の煤煙なのだろう。
白鬚橋で出会った二人は、急速に仲を接近させる。それぞれ忙しくて会うことすらままならず、困惑した水野久美は、久保に手紙の交換を提案する。白鬚橋のアーチの支柱の中を二人だけが知る秘密のポストがわりにして手紙をひそませ、交換するというのである。月並みな感想だが、携帯電話が普及したいまでは、このようなドラマは生まれるべくもない。
白鬚橋を中心とした隅田川の風景、また職探しをして歩く東京の町並みの映像がことごとく“川本ごのみ”である。川本さんの『続々々・映画の昭和雑貨店』*1小学館)では、まさしく「隅田川の橋」の項にてこの作品に言及されている。
いまの白鬚橋は、その名前のとおり、アーチの鉄骨が白く塗装されているが、この映画(モノクロ)に映る白鬚橋は、少なくとも白ではない。かといって黒でもなさそうだ。昭和33年の白鬚橋は、いったい何色だったのだろう。
それにしてもこの作品、脇役陣が豪華だ。久保明の姉夫婦に千秋実中北千枝子。この二人は成瀬巳喜男監督の「妻の心」でも夫婦だった。中北千枝子の安定した(安心して観ていられる、まさに昭和30年代的女性の雰囲気)存在感。また母親に飯田蝶子。対する水野久美の母親が浦辺粂子。久保が働く鉄工場のベテラン工員に、加東大介と三井弘次というゾクゾクさせるような布陣。三井弘次など、久保が母親の病気を胆石と偽って工場をずる休みしたとき、本気で心配した加東大介が、ちょうど妻が胆石を患ったという三井に話を聞くのがいいと二人で彼の話を聞きにいく場面が唯一の見せ場だった。缶コーヒーのCMではないけれど、贅沢すぎる。