殺される森雅之

「悪の愉しさ」(1954年、東映東京)
監督千葉泰樹/原作石川達三/脚本猪俣勝人/音楽黛敏郎/伊藤久哉/久我美子森雅之杉葉子東郷晴子/伊豆肇/千石規子加藤嘉

伊藤久哉が出演する映画はかつて何度か観たことがあるが、すべて脇役である。しかしこの作品は堂々主役、しかもデビュー作だというから驚きだ。美男ではあるが癖がある顔立ちのこの俳優を、東映はどのように売り出そうとしたのだろうか。何せそのデビュー作は殺人を犯す悪役なのだから。
証券会社に勤めるサラリーマン、懐が寂しく、家に帰ると幼い娘を抱え、妻からは厄介がられる。妻は借家の家主である未亡人(東郷晴子)と折り合いが悪く、追い出されかけている。
かつて誘惑していい関係になった同僚久我美子は、別の同僚と結婚してしまった。しかしその夫が会社の金を使い込んでいることを久我から相談された伊藤は、一晩付き合うことを条件に、用立てることを約束する。もちろん手もとにはお金がない。そこで友人である不動産屋の森雅之を絞殺して、金を奪うのである。
日本映画史上有数の美男俳優である森雅之が殺されてしまう役なんて、ちょっと珍しい映画ではないか。この映画が1954年10月、そして森の代表作である成瀬監督の「浮雲」が翌年1月。「浮雲」は「悪の愉しさ」の次の出演作品なのである(日本映画データベースによる)。このギャップの見事さ。
お金の貸し借りに渋くて、ブリーダーでひともうけしようというほど金儲けにうるさい、女たらしで下卑た役というのも森雅之には似合うのだが、何も殺されなくても…と思わないでもない。
伊藤久哉の同僚伊豆肇(やはりおっとりした役柄)が結核で入院してしまい、彼が貸していた金を返してもらいに訪れた伊豆の妻千石規子(蚊の鳴くような小さい声で、なかなか本題を切り出さない女性)を誘惑してしまうシークエンスの、千石の哀れさと伊藤の悪党ぶりがなかなかよかった。
これで久我美子まで犠牲にでもなったら、“森雅之久我美子が殺される映画”というかなり珍しい看板を掲げられたのだが、残念ながら(?)そうとはならなかった。生活に疲れ、夫(伊藤)にも愛想をつかした杉葉子というのも珍しい。