小学生の同志

「あした晴れるか」(1960年、日活)※四度目
監督・脚本中平康/原作菊村到/脚本池田一朗石原裕次郎芦川いづみ中原早苗西村晃東野英治郎渡辺美佐子/杉山俊夫/三島雅夫/信欣三/安部徹/草薙幸二郎/清川玉枝/藤村有弘/嵯峨善兵/殿山泰司宮城千賀子庄司永健

ふとしたきっかけから、『芦川いづみDVDセレクション』*1という出演映画三本のDVDパックが昨年11月に発売されていたことを知った。半年以上知らなかったのは迂闊だったが、発売された頃は、映画を観たり、関連情報を得るという余裕もなかったので、仕方がない。入手できただけでもよしとしよう。
「硝子のジョニー 野獣のように見えて」「あした晴れるか」「誘惑」の三本が入っており、これは芦川さんご本人の選択だという。しかもそれぞれの作品について、「現在の」芦川さんによる音声解説が付いているというので、芦川ファンとしてたまらず、アマゾンの注文ボタンを押してしまった。
以前中平まみさんの『ブラックシープ 映画監督「中平康」伝』*2ワイズ出版)を読んだとき、中平さんが取材を申し込んだものの「日活時代のことはどなたにもお話してませんから」と断られたとあったので、芦川さんが映画について語ることはないのかとあきらめていた。宍戸錠さんや中原早苗さんなど、日活黄金時代のことについて積極的に語ってくれる俳優さんがいるいっぽうで、かたくなに口を閉ざすスターもいてもいいだろう、それが芦川さんの神秘性なのかも…とも思っていたのである。だから、嬉しい反面複雑な気持ちでもある。
とはいえ、いざ家にDVDボックスが届き、パッケージを解いてDVDをプレイヤーに入れ、真っ先に“観た”のは、この音声解説であった。映画のスチール写真の映像が流れるところに、音声のみのインタビューを受けているというスタイルで収録されている。現在のお姿が拝見できないのは残念だが、そこまで踏み込まず、声を聴いて若き頃の芦川さんの姿を想像するだけでいいのである。
芦川さんご自身が出演作について語るのは、42年ぶりのことだという。1968年に藤竜也さんと結婚して引退してから初めてということなのだろう。これは本当に事件である。ただし今回は、あとでじっくり聴こうということで、少し聴いてやめにした。
さて風呂上がり、届いた三本のなかから、とびきり大好きな「あした晴れるか」を観ることにした。二年ぶり四度目である(甲子園のようだ。前回は→2009/4/28条)。何度観ても裕次郎と芦川さんの掛け合いや中原さんが入ってのやりとりには笑わされる。裕次郎・芦川コンビが乗る真っ赤なニュー・コロナが昭和30年代の東京を疾走する場面がいい。コンクリート舗装が摩耗して、その下から石畳の路肌がのぞく車道もまたすばらしい風景である。コンクリート舗装前は石畳だったのか、あるいは舗装するための土台のようなものなのか。
ひとりでニヤニヤしながら観ていたら、食卓を机がわりに宿題をしていた小2の次男がいつの間にか画面に見入っている。そうしてふたりで観つづけ、次男は最後のやっちゃ場での安部徹一味と裕次郎たちの大乱闘を興奮しながら喜んで観ていた。
観終えてメニュー画面に戻ったとき、彼は「このお兄ちゃんと眼鏡のお姉ちゃんが面白かった」と画面を指さした。「お兄ちゃん」は言うまでもなく裕次郎、眼鏡のお姉ちゃんは芦川さんだ。おお、おお、わかるか、わかるか、そうだよな。
「面白かったから、またレンタルしてきてね」と言われる。これはレンタルではなく、買ったのだと答えると、「じゃあいつでも観れる」と大喜び。ひと晩明けた今朝、開口一番「昨日の「あした晴れるか」(タイトルまで憶えていた)面白かったから、今日も観よう」。
何度も観た大好きな映画ではあるけれど、さすがに連日観るのは躊躇する。それはともかく、「昔の映画」という狭い入り口をあっけなく突破できてしまうほど、小学2年生の子どもでも心から楽しめるのだから、やはり「あした晴れるか」は傑作だと言えるのだろう。こういう映画が好きだという同志がわが息子であるのはありがたくも嬉しい話である。
これが「誘惑」ならば、大人の洒落たコメディの味がまだわからないだろうし、「硝子のジョニー 野獣のように見えて」のシリアスな雰囲気にも面白味を感じないだろう(もしかしたらアイ・ジョージの渋い歌声に反応するかもしれないが)から、最初に「あした晴れるか」を観たおかげで、近くにいた同志にめぐりあえたのであった。