可憐な芦川いづみとオシャレな映画

「誘惑」(1957年、日活)
監督中平康/原作伊藤整/脚本大橋参吉(井手俊郎)/千田是也左幸子/葉山良二/安井昌二芦川いづみ渡辺美佐子轟夕起子小沢昭一長岡輝子中原早苗宍戸錠二谷英明天本英世殿山泰司東郷青児岡本太郎/浜村純

大好きな芦川いづみとあれば、駆けつけないわけにはいかない。せっかくだから未見の作品を観たいと、「やくざの詩」「誘惑」を選んだが、前者はあいにく別の予定と重なって行くことができなかった。
そして中平監督の未見作品「誘惑」。俳優陣に目玉がいない。57年という微妙な制作時期といい*1、それゆえに面白そうなにおいを感じ、久しぶりに神保町シアターに足を運んで驚いた。わたしがチケットを買い求めたときにはすでに90番台だったからだ(全99席)。そのあとすぐ満席になってしまったようだ。こんなに後ろの番号で入ったのははじめて。神保町シアターは最近こんな盛況がつづいているのか、はたまた「誘惑」という作品ゆえか。
東郷青児岡本太郎が特別出演しているが(ほかには勅使河原蒼風美術評論家徳大寺公英も)、中平まみさんの『ブラックシープ 映画監督「中平康」伝』*2ワイズ出版)によると、撮影中東郷・岡本が喧嘩をはじめてしまったのだという。なかなか名演技ではあった。
ハキハキ明るいお姉さん役がニンの中原早苗さんは、珍しくおっとりしたしゃべり方のお嬢様風。駆けだしの宍戸錠二谷英明も、左幸子のお婿さん候補として登場する。
それにしても「可憐」の言葉が本当に似合う芦川いづみの可愛さよ。この映画には、そのほかわたしの好きな渡辺美佐子轟夕起子も出ていて、ストーリー展開も洒落ていて笑えるラブコメディになっており、90番台でもめげずに観て良かったと思う。50年以上も前に作られたとは思えないほど都会的でオシャレな映画だ。
心のつぶやきをナレーションで語らせる場面を多用し、それが笑いを誘う。腹芸というか、そのあたりが役者さんたちの見せ所だった。「才女気質」といい、中平監督は轟夕起子のコメディエンヌとしての使い方がうまいなあ。彼女がシリアスな役をやっている「洲崎パラダイス 赤信号」が嘘のようだ。
左幸子らが根城とする生け花教室の家(長岡輝子が経営)は湯島天神近くにあるという設定。葉山良二と左幸子が、湯島天神脇の電話ボックスでキスをする。その家のあった坂道は、映画の地理的な描写からいえば湯島天神からひとつ南の「中坂」のように思える。翌日通勤のとき中坂を登ってみたのだが、それらしき家の雰囲気はほとんど残っておらず、よくわからなかった。
フィルムセンター所蔵作品ということで、あれだけ人が集まったということは、滅多にお目にかかれない映画なのかもしれない。再見のときにもう一度じっくり観てみたい。

*1:太陽の季節」は56年、「嵐を呼ぶ男」が同年。

*2:ISBN:4898300103