無縁坂のぼりおり
- 「雁」(1953年、大映) ※二度目
- 豊田四郎監督/森鴎外原作/高峰秀子/芥川比呂志/東野英治郎/宇野重吉/浦辺粂子/飯田蝶子/三宅邦子/小田切みき/田中栄三
- 「無法松の一生」(1958年、東宝)
- 監督・脚本稲垣浩/原作岩下俊作/脚本伊丹万作/三船敏郎/高峰秀子/芥川比呂志/笠智衆/飯田蝶子/多々良純/宮口精二/土屋嘉男/左卜全/有島一郎/沢村いき雄/中村伸郎/中北千枝子/上田吉二郎
前日から気分が下降線をたどっていたので、ゴールデンウィーク後半に向けてこれを上向きにさせるため、映画を観ることにした。前回もそうだが、仕事帰りに二本立てを観て、観終えるのが10時30分。そろそろ体力的にきつくなってきた。でも、そんなことは言っていられない。わたしよりずっと年輩の方々がたくさん観に来ておられるのだから。
「雁」は二度目。以前の記録を見ると、2004年の10月以来、6年半ぶり(→2004/10/16条)。前回はフィルムセンターでの高峰秀子特集だった。今回の上映が追悼特集であるのはさびしい。前回はフィルムセンターが満席だったとあるが、今回もやはり人が多かった。さすがに名作だ。騙されて高利貸し(東野英治郎)の二号になる薄倖の女性を演じる高峰さんの美しさ。
今日は朝から、夜に映画を観ると決めていたので、地下鉄を湯島で降り、無縁坂を通って職場に行く。この映画では、明治の無縁坂がセットで見事に再現されているのだが、道が登りながらゆるやかに右に曲がっていくあたりなど、素晴らしい。
映画では友人の宇野重吉と芥川比呂志が赤門から無縁坂のほうに降りてゆく。赤門のシーンでは、入ってすぐ右手にかつてあった、わたしの職場の昔の建物(現在小石川植物園に移築されている)が映っている。職場が映った映画コレクションに加えるべき一本。
その後二人はおそらく、赤門を入ってまっすぐ構内を東に向かい、いま附属病院があるあたりにあった(近年再設置された)「鉄門」を出て、無縁坂を下りていったのだろう。切通し坂を下りるか無縁坂を下りるかコイントスをして決めるというのも、当時帝大生がよくやったのだろうか。
高峰に対する思慕で悩む芥川に宇野重吉は、「われわれは明治の世をいかに生きるべきかが大事だ」といったような達観した台詞を言う。いま自分たちが生きている時代状況をすべて見透かしたような気構えでいる学生はいたのか、そんな疑問が頭をかすめる。
「めし」「銀座カンカン娘」「細雪」につづいて、浦辺粂子さんがいい。「雁」では、高利貸しの夫東野英治郎が二号をこしらえたことを知り、嫉妬に狂う妻の役。鬼気迫る雰囲気が恐ろしい*1。
「無法松の一生」は、三船無法松の豪快さと、高峰さん母子に献身的に尽くす無私の心、そして哀しさに胸を熱くする。戦前の板妻無法松のほうが評価が高いのだが、いつも参照する『大アンケートによる日本映画ベスト150』*2(文春文庫ビジュアル版)によれば、このときからすでに表現主義風の幻想的なシーンが使われていたのか。無法松にまつわるエピソードをつないでゆくという感じなのが逆に新鮮だった。
田中春男さんはこの作品にも登場。無法松の車引きの仲間を演じている。こちらはいい役どころだった。嫌味な役も人のいい役もぴたりとはまっているのだから、ますますこの俳優さんに注目である。
この映画を観て思い出したのは、大月隆寛さんの『無法松の影』。以前買ったはず(読んだかどうかまでは憶えておらず)なので書棚を探したが見つからない。こういうこともあるから、買った本をむやみに処分してはだめなのだと悔やむ。
*1:前回も浦辺さんに対しておなじ表現を使っていた。進歩しない。