第99 佐伯祐三を歩く

佐伯祐三のアトリエ

佐伯祐三の絵を観るたび、彼がアトリエをかまえた下落合周辺を描いた作品群(「下落合風景」)が好きだと書いてきた(→2007/4/30条2005/9/18条)。
5年前の2005年の記録では、下落合にいまも現存する佐伯のアトリエを訪れてみたいと書いている。アトリエは、佐伯没後米子夫人(彼女も画家だった)が住みつづけ、彼女が1972年に没したあと新宿区が購入し、「区立佐伯公園」となった。もっともアトリエ内部に入ることはできなかったが、このほど改装され、「新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館」として一般公開が始まったのである。
これを記念して、現在新宿区立新宿歴史博物館で開催されているのが「佐伯祐三展―下落合の風景―」だ。佐伯が描いた「下落合風景」13点が一堂に会するというのだから、ファンとしては見逃せない。
新宿歴史博物館を訪れるのは林芙美子展以来だろうか(→2003/11/2条)。川本三郎さんの講演があったあのときからもう6年半も経つのか。歴史博物館だというのに、わたしが訪れるのは林芙美子展や佐伯祐三展という歴史展示とはあまり関係のない展覧会のときばかり。申し訳ないことだ。本来が歴史博物館ゆえだろう、絵画を展示するのにはちょっと狭いし、絵がガラスケースのなかに入っているのも違和感がある。
今回の展覧会は「下落合風景」のみかと思ったら、あの松井稼頭央ばりの自画像や、パリの町並を描いた素敵な作品も多く展示され、見ごたえがあった。海外経験のないわたしだが、パリは一度訪れてみたい都市である。でも佐伯の絵を観ていると、そこまでして実際訪れる必要がないのではないか、そんな気分にさせられる。
さて目玉の「下落合風景」。これがまた良かった。絵の雰囲気、構図、色合い、マティエールもさることながら、ユニークなのは、佐伯がイーゼルを据えた場所の現在の様子を写真で一緒に展示し、地図に落としていること。いずれの場所も、佐伯の絵に描かれた面影をほとんど残していないが、ここにたしかに佐伯がいた、そう思うと気分が高まる。
このうち、「雪景色」と名づけられた作品は描かれた季節も構図も珍しい。雪が積もったたいそうな斜面(崖と言っていい)に人びとが蝟集し、スキーを楽しんでいる。とはいえ東京の雪はたかが知れている。地肌が露出して雪が茶色になっている。東京にもそんな時代があったのだ。
せっかくの陽気なので、下落合のアトリエに足を伸ばすことにする。最寄駅は西武新宿線下落合なのだが、四谷に近い歴史博物館からだと、具合のいい交通機関がない。四谷まで戻って中央線・山手線を乗り継ぎ、目白で降りて下落合を目指すことに決めた。
目白でまず訪れたのは、駅近くにある「日立目白クラブ」。学習院の寮として建てられた贅沢な近代建築だが、ここには思い出がある。大学時代の同級生が卒業後日立に就職し、ここで結婚式を挙げたのだ。まだ仙台で大学院生をしていたわたしも招待され、訪れた。そのときは著名な近代建築だとは気づかなかったのだが。
そのあとは泉麻人さんのエッセイでも知られる「おとめ(御止)山」を抜けて落合界隈をアトリエ目指して歩いた。おとめ山の深い緑と、公園を流れる清流は(親子連れがザリガニ釣り?をしていた)、東京の町中であることを忘れさせてくれる。そして落合界隈はいつもながらため息のでる高級住宅地である。地形の高低差を足と眼ではっきりと感じ取ることができる落合を歩いていると、佐伯の絵に描かれた風景こそ失われたものの、たしかに同じ場所であるという言葉にしがたい雰囲気がたしかに伝わってきて、大正末年の下落合風景が眼前に広がるようだから不思議なものだ。佐伯祐三の絵に下落合の地霊がまとわっている。そんな感じ。
アトリエ記念館は、聖母病院そばの細い路地を入った奥にあった。案内標識がなければ、こんな細い路地の先にあの三角屋根のアトリエ(と公園)があるとは思えないようなところだ。
思っていた以上に訪問者は多く(入館無料)、佐伯祐三という画家の人気の高さをうかがうことができる。アトリエは、母屋の部分は取り壊されてテラスとなり、かつての間取りが仕切り線で示されている。三角屋根で北向きに広く採光窓がとられているアトリエは、天井が高く広々として、現在メイン展示室となっている。モノ自体は作品の写真や紹介ビデオだけだが、佐伯のアトリエにいるということで満足なのであった。